マーガレット・ミッチェルの作風を解説!
ミッチェルが遺した作品は5冊にも及んだ大長編である『風と共に去りぬ』だけ。本作内に表現されている、彼女の作風や特徴など順に解説していきます。
南北戦争に対しての強い関心と南部への強い誇りが作品に影響した
先述のように、ミッチェルは親戚から南北戦争について聞かされて育ちました。が、それだけでなく小説や文献の中からも影響を受けていたようです。
特に19世紀イギリスの伝統的なヴィクトリア調文学は彼女のお気に入りで、『嵐が丘』やそれから派生したロマンス小説にも夢中になっていました。
『嵐が丘』のヒロインとスカーレットには通じるものがありますし、ストーリーでも「結婚に関する秘密の話をうっかり聞かれてしまう」部分もこの作品を彷彿させます。
他にも、ミッチェルは「南軍兵士の妻の手記やメモアールを読み込んで参考にした」と話していました。実際、マルタ・ロケット・アヴィリィの『南北戦争下のヴァージニア娘 南部連合軍将校の妻の実体験記 1861-1865』には喪服姿の女性がチャリティーパーティーで未来の夫に会ったことが記されており、これはスカーレットが最初の夫チャールズの喪に服している最中にレットと再会した場面と重なります。
南北戦争に対し強い関心をもち、研究していた彼女。作品の中には白人至上主義団体である「KKK(クー・クラックス・クラン)」をも登場させています。
KKK(出典:Wikipedia)
この団体はかなり露骨に人種差別的思想を示しており、その登場は作品の批判に直結しました。が、ミッチェルは正面から歴史に向い合い、白人目線にはなるものの当時の生活や価値観を作品の中に残そうとしたのです。
ミッチェルは昔気質な人間で、南部への誇りと愛国心は相当なもの。友人への手紙の中でも「戦争は避けられないものだと諦めに似た感情が南部を支配している。南部は負けたことを忘れておらず、再び負けるのは嫌だと思っている」と語っています。
また、ロストジェネレーション(失われた時代)と呼ばれ、従来の価値観に疑問を有し未来への希望を抱けなくなった1920年代から1930年代を生きる若者たちに対し「安全を保障される権利があると説くなんて愚かなこと」と強く批判していました。
が、決して戦争を肯定していたわけではないでしょう。自分たちの力を試したい、嘆いたり憤っているよりも行動すべきである、ミッチェルが描きたかったのはそういう南部の気質と人間の底力なのだと思います。
ミッチェルの描く女性像は強さの象徴
ミッチェルはメラニー(スカーレットの義妹であり恋するアシュレの妻)を「本当のヒロイン」と断言し、出版に際しても「メラニーの登場場面は決して削らないように」と念を押していたそう。
ミッチェル自身はスカーレットのような激しい性質を有していましたが、実際は柔和なメラニーに憧れていたのではないでしょうか。
執筆当時、20世紀とはいえアメリカでは宗教上の理由もあり、離婚は否定的に捉えられていました。ミッチェルもレッドとの離婚の際は母が亡くなっていて良かった、と考えたそう。
そんな時代背景がある中、夫アシュレを一途に愛し、子供を愛し、ブレることのない信念と凛とした姿には読者としても深く感銘を受けます。
メラニーはスカーレットを信用し、時に命がけで助けてくれるいわば母親的存在でもあったように思うのですが、彼女の存在は作品の中で救いになっていると言えましょう。
家族のため、生き延びるためにスカーレットが正しいとは言い難い道に進む時、それでもメラニーはスカーレットを認めてくれる存在でした。メラニーが許すならば、と読者としても受け止められるのです。
スカーレットにしてもメラニーにしても、戦争の中で自分を貫いたことは真の強さの象徴なのだと感じます。
作品には作者の半生が強く影響していた
『風と共に去りぬ』を読み込むと、「母の死」「自身の帰郷」など、ミッチェル自身が経験してきた出来事がエピソードとして登場していることに気がつきます。
特にヒロイン・スカーレットとミッチェルに共通する部分には注目したいところ。
感情的に物事を考えるので非常に激しい性格のスカーレットは、唐突な行動で周囲を驚かします。
結婚に関しては現実的で生きる方便でしかありませんでしたが、アシュレへの想いは情熱的で冷めることなく、実に12年もの日々を過ごしました。その結婚観やなりふり構わず働く姿は、女性たちから大きな反発をうけます。
一方、ミッチェルの少女時代はというと、同性の友人よりも男性の友人のほうが多かったよう。彼女の強すぎる信念や個性の強さはクラスメイトの中で浮き立ち、敬遠されることもしばしば。
「学寮パーティーの招待状すら届かなかった」という逸話もあり、女性たちから疎まれて男性の取り巻きに囲まれていたスカーレットの様子がよくわかります。
また作中で「バトラー船長」と呼ばれるレットは、ミッチェルの一人目の夫であるレッドがモデルであると考えられます。
彼女はレッドとの離婚後、おおやけレッドの存在を語ることはありませんでしたが(公言し、ギャラを取られることを恐れたとも)、パーティーで出会った時のレッドが海賊の格好をしていたことや、レッドが「長身で容姿に優れていたが裕福な親から勘当された異端児だった」ことからも彼がモデルというのは間違いないでしょう。
1920年代、解放的で自由な表現を良しとした南部のモダンガールだったミッチェルは、スカーレット同様に男性を惹きつける女性だったのです。
このように、ミッチェルの半生を知ると、彼女はスカーレットに自身を重ね合わせて描いていたのではないかと想像が膨らみます。
平坦とはいえないミッチェルの人生について、アン・エドワーズは著書の『タラへの道』の中で、「彼女の人生こそもう一つの『風と共に去りぬ』である」と語っています。
苦労を重ねてきたミッチェルが描きたかったのは、苦境にも挫折せず、前進していく強い女性像なのではないでしょうか。
そんなミッチェルを、ジョンも誇りに思っていたのでしょう。未完とはいえ価値ある原稿を遺言通りに破棄するなど、夫婦間のエピソードからは愛だけでなく、彼女の名誉を重んじていた様子が分かります。
まとめ
「生命力のある作品を生み出したのは、アトランタの普通の主婦だった」と紹介されることの多いミッチェルですが、その生涯を知るとスカーレットを彷彿させる奔放さやたくましさが感じられたことと思います。
彼女の作品は時代を超えて愛されてきました。ファンは多く、著作権の相続人である家族の監修の元、リプリーの『スカーレット』や、マッケイグの『レット・バトラー』など続編も出版されています。
『風と共に去りぬ』を一度読んだことがある、という方もミッチェルの生涯を概観してから読むとまた違った作品に思えてくるかもしれません。彼女が10年もの日々をかけて描いた歴史大作をぜひ読んで、彼女の世界観に浸って、魅力を感じて見て下さい。
【参考文献】
・『マーガレット・ミッチェルの手紙:『風と共に去りぬ』の故郷アトランタに抱かれて』(リチャード・ハーウェル著、大久保康雄訳/三笠書房/1983年)
・『風と共に去りぬ〜スカーレットの故郷、アメリカ南部をめぐる〜』(越智道雄著/求龍堂/1993年)
・『マーガレット・ラブ・ストーリー』(マリアン・ウォーカー著、林真理子訳/講談社/1996年)
・『タラへの道』(アン・エドワーズ著、大久保康雄訳/文春文庫/1986年)
・『謎解き『風と共に去りぬ』』(鴻巣友季子著/新潮社/2018年)
・『風と共に去りぬ 1〜5』 (大久保康雄 竹内道之助 訳、新潮文庫、2004年版)
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