『海軍条約事件』のあらすじや感想、トリビアを解説!伝説的な朝食シーンと社会風刺が盛り込まれた名作短編

イギリス文学
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「社会派ミステリ」というジャンルはご存知でしょうか?

その時代の空気を切り取り、社会問題や政治の闇、企業の陰謀などが主題となったミステリの一大ジャンルです。

エンタメ性にあふれた本格ミステリであるホームズシリーズの中にも、社会派の要素が感じられる短編作品があります。

それが、今回ご紹介する『海軍条約事件』です。

前半はあらすじとトリビアをご紹介し、後半はネタバレありで考察していきます。

ホームズの新たな一面や、作者ドイルの当時の世の中への思いが感じられる作品を、背景を学びながら楽しんでみましょう!

海軍条約事件の作品情報

作者 アーサー・コナン・ドイル
執筆年 1893年
執筆国 イギリス
言語 英語
ジャンル ミステリ
読解難度 読みやすい
電子書籍化
青空文庫 ×
Kindle Unlimited読み放題 ×

ホームズ短編の中では最も長い作品です。事件の舞台が外務省とあって一見難しい話のように思えますが、ストーリー自体はとてもシンプル。事件となった建物の簡単な見取り図がついているなど、読者にも状況が理解しやすいよう配慮されています。

海軍条約事件の簡単なあらすじ

ある夏のこと。新婚のワトスンは疎遠になっていた旧友のパーシー・フェルプスから、「シャーロック・ホームズに助けてほしい」という内容の手紙を受け取ります。手紙の文面からただならぬ雰囲気を感じ取ったワトスンは、すぐにホームズに相談。2人はフェルプスの住むウォーキングの〈ブライアブレー荘〉に駆け付けます。

2人を迎え入れたのは、フェルプスの婚約者の兄ジョーゼフ・ハリスン。病で憔悴しきったフェルプスの傍らには婚約者のアニーが付き添っていました。ホームズは早速事情を聞き出します。

保守党の伯父ホールドハースト卿のコネもあり、外務省で相当の地位についていたフェルプス。ある日その伯父から、イタリアとの密約に関わる海軍の重要な条約文書の模写を頼まれます。機密文書のため、同僚が帰った後にこっそり残業をして作業を進めていましたが、少し席を外したすきに書類が跡形もなく消えてしまったのです。

めぼしい容疑者を尋問したものの成果はなく、加えて突然の脳炎で自宅療養となった彼は、最後の頼みの綱としてホームズに相談することにしたのでした。

話を聞いたホームズはロンドンに戻り、担当警部への事実確認などの調査を開始。果たして条約文書はどこへ消え、どんな理由で誰が盗んだのでしょうか。作者が抱いていた当時の政治への不満なども盛り込まれ、名物の種明かしシーンでも有名な傑作短編です。

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こんな人に読んでほしい

・社会派要素のあるミステリが好き
・作品の書かれた当時の世相にも興味がある
・人の死なないミステリが読みたい

海軍条約事件の解説・トリビア

事件の舞台「外務省」とウォーキング

今回の盗難事件の舞台となった外務省。当時の外務省は、外交的・政治的な駆け引きの場として、大英帝国の心臓部とも呼べる存在でした。今回の事件ではさらっと重要文書が盗まれてしまっていますが、建物の外観も立派なもので、かなり重要な場所だったのです。


▲現代のイギリス外務省(出典:Wikipedia)

ちなみに今回の事件では被害者が描いた外務省内部の略図が登場するという、ホームズシリーズではなかなか珍しい構成になっています。

そして、事件のもう一つの舞台となるサリー州ウォーキング。ロンドンの南西にあり、ウォータールー駅から電車で30分以内にある街です。ホームズとワトスンも病で臥せっているフェルプスに会いに、ウォータールー駅から汽車で向かっており、1時間もしないうちに現地に到着しています。作中では、気軽にロンドンとウォーキングを行ったり来たりする描写も見られ、車中でのシーンも読みどころです。

史実に基づいた設定!「イタリアとの密約」とは?

盗難被害に遭ったパーシー・フェルプスの伯父は外務大臣ホールドハースト卿。条約文書の模写はその伯父からの直接の依頼だったことを考えると、文書の重要性は計り知れません。三国同盟に関連する内容であるとして、外交上の価値の高さも作中で強調されています。

条約文書の具体的な内容についても作中で軽く説明されており、ヴィクトリア朝当時の読者なら、簡単に実在の協定と結びつけることができたでしょう。

世界史と照らし合わせてみると、1887年にイギリスとイタリアの間で、「地中海協定」という秘密協定が結ばれており、この協定には、イギリスのスーダン・エジプトでの自由裁量権を保証するという内容が含まれていました。これは、当時アフリカ大陸で覇権を争っていたフランスへの対抗策です。

このエピソードの「条約文書」には、この協定を思わせるところがあり、フランスはもちろんロシア(のちにフランスと協定を結ぶことになる)も興味を示すという描写にもつながります。

エピソードの設定を史実に重ね合わせたことで、第一次世界大戦以前の世界の勢力図が見えるというのがおもしろいですね。

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〈実在の政治家を揶揄?社会派要素の盛り込まれた作品〉

この作品の登場人物の中に、実在の人物をモデルに作られたキャラクターがいます。

そのキャラクターとは、フェルプスの伯父で保守党の重鎮、外務大臣ホールドハースト卿。彼のモデルとなったと言われているのが、三代目ソールズベリー侯爵のロバート・セシルでした。

ロバート・セシル(出典:Wikipedia)

作中の事件が起こった時期に、保守党総裁で外務大臣も務めていた彼は、血縁者をひいきすることで有名で、のちに自身の甥を要職につけるなどしています。作中の盗難事件の被害者であるパーシー・フェルプスも、伯父に引き立てられる形で要職につくことができたという設定です。あらゆる類似性を考えると、やはり意識的にこのような設定にしたことがうかがえますね。

本作は作者のコナン・ドイルが、外務省の親族重用主義と保守党政権への批判的なメッセージをのせた、社会派要素の強い作品としても楽しめるでしょう。

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