『鏡は横にひび割れて』のあらすじや感想、内容の解説!ミス・マープルが活躍するシリーズ後期の人気作

鏡は横にひび割れて アイキャッチ イギリス文学
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鏡は横にひび割れての感想・考察!(ネタバレ有)

ここからは、本作に関する考察を含めた感想を述べていきたいと思います。

なお、記事の構成上ネタバレ要素が含まれていますので、未読の方はぜひ作品を読んでから続きをお読みください。

殺害動機は「感染」! 今だからこそ恐ろしさを実感する犯行の理由

今回の殺人事件を解く最大のカギは動機でした。

お節介ではあっても殺したいほど憎まれることはなかったヘザー・バドコック。そのバドコック夫人を殺害する動機を持っていたのは、大女優マリーナ・グレッグその人でした。

その動機とは、十数年前に重い障がいを持って誕生したマリーナの実子に関わるもの。障がいの原因は妊娠初期に風疹に罹患したことでしたが、どこで風疹に感染してしまったのかは結局わからないまま時が経ち、ゴシントン・ホールでの慈善パーティーの日を迎えます。

そこに現れたのがバドコック夫人でした。彼女はまさにマリーナの妊娠初期に、風疹を隠してイベントにかけつけ、話をしてサインまでもらっていたのです。当時のエピソードを武勇伝のごとく語るバドコック夫人に、ずっと仮面をかぶってきたマリーナのタガが外れてしまいます。

彼女は殺意を抱くのとほぼ同時に、速やかに殺害を実行してしまいました。

自身の軽率な行動が他者の人生を大きく変え、それが時を経て自分への刃となって返ってくるという連鎖。

新型コロナウィルスの感染拡大で、ソーシャルディスタンスや外出の自粛など、感染症の予防に注目が集まっている現在において、この事件の動機は物語の中だけのこととはとても思えない恐ろしさがありました。

絶妙なミスリードとどんでん返し!物語を膨らませるクリスティーの手腕に脱帽

この作品は一度結末まで読んでしまうと、驚くほど単純な犯罪であったことがわかります。関わっていた登場人物は極めてシンプル。被害者ヘザー・バドコックと犯人マリーナ・グレッグだけです。共犯者もいなければ、すべてを見ていた目撃者もいません。

事件の直後、バドコック夫人が飲んだカクテルに致死量の鎮静剤が混入されていたとわかります。しかもバドコック夫人が飲んだのはマリーナのカクテルだったことから、「バドコック夫人はマリーナの身代わりになってしまった」という推理がごく自然に展開されていくのです。

ミス・マープルも序盤ではそのような推理をしているので、読者もすっかり騙されてしまいます。そもそもヘザー・バドコックを殺したいほど憎んでいる人間も見当たらないということで、動機がなければ推理のしようがありません。

しかし、マリーナが狙われていたということになると、話は違ってきます。スキャンダラスな人生を送ってきた大女優ですから、当然動機を持つであろう容疑者も大勢見つかります。ここで複数の登場人物が事件に絡んでくる形になり、複雑な様相を呈してくるのです。

ここでカギになるのがパーティーの最中にマリーナが見せた「凍り付いたような表情」

ミス・マープルは終始この表情の真意にこだわり続けます。警察による容疑者の絞り込みもまた、彼女が「誰」を見てそんな表情をしていたのかという観点で進められていきます。

ところが、結末でこうした推理の前提がきれいにひっくり返されます。マリーナが見ていたのは「絵」であり、ヘザー・バドコックを殺したいほど憎んでいる人間は存在していました。

ちなみにマリーナが見ていた絵はジャコモ・ベリーニの「ほほえむマドンナ」。子を抱く幸福そうな母を描いた宗教画でした。その絵を実際に見たミス・マープルは、マリーナの殺意を確信するのです。

元々は極めてシンプルな犯罪でありながら、そのミスリードによる膨らませ方は本当に見事。容疑者として浮かぶ人物のそれぞれのエピソードもドラマ性が高く、読んでいて引き込まれます。

だから真相がわかったあとも「これまでの話は一体なんだったの!」とはなりません。それぞれのエピソードにも犯行の背景につながる伏線が盛り込まれており、ストーリーにも一体感が生まれています。

ちなみに犯行の方法についても「ジェネレーションギャップ」という伏線が効いています。大勢の人が注目している中でカクテルに薬を入れるのは至難の業です。

しかし、ミス・マープルによれば「今時の人は人前でも平気で飲み物に薬を入れて飲む」らしく、自分の飲み物に薬を入れている様子を見ても誰も気に留めないとのこと。

マリーナは自分のカクテルに薬を混ぜてバドコック夫人に渡しているので、犯行は容易に行えたという説明です。

致死量の薬を混ぜているのに誰も変に思わないなんてそんなバカな!と思ってしまいましたが、作中に何度も登場するジェネレーションギャップの描写すらも伏線になっているという点が、非常におもしろいと感じました。

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安楽椅子探偵の本領発揮!ミス・マープルの復活劇も描いた作品

この作品は、安楽椅子探偵の代表格であるミス・マープルの本領が発揮された作品です。シリーズのほかの作品では、現場に乗り込んでいくパターンも多いミス・マープル。

しかし、本作では住み込みの付き添い人の干渉などもあり、なかなかアクティブには動けません。主にバントリー夫人や通いのお手伝いさんチェリーなどがもたらす情報と、経験値を活かして推理を進めていきます。

ちなみにミス・マープルが事件現場のゴシントン・ホールに足を踏み入れるのは、クライマックスで推理を披露するシーンのみです。

事件の現場にも行けず、自身で聞き込みなども行えないという縛りがあるミス・マープル。推理を進める中で、どうしても情報が足りなくなってくるのですが、そこは創意工夫で乗り越えます。

今回で言うと、美容院で古雑誌を借りるというのがそれでした。マリーナの過去をよく知るために、映画関連誌をすみずみまで読んで研究し、知識の穴埋めをしたのです。ある意味アクティブですし、その好奇心はすごいですよね。

サイドストーリーとして、そんなミス・マープルの復活劇が盛り込まれているのも本作のポイント。序盤では、周囲から年寄り扱いされ、得意の編み物でもミスを連発。生活に張り合いもなくちょっと落ち込み気味のミス・マープルが登場します。

時代も変わり、理解しがたいことも増えてきました。そこに起こったのがこの殺人事件。ミス・マープルの探偵としての力量に一目置いている面々が続々と情報をもたらし、ミス・マープルに発破をかけます。

事件の推理を進めるうちに、持ち前の好奇心と行動力が顔を出してきて、調子を取り戻してくるミス・マープル。終盤では、それまで我慢して言うことを聞くようにしていた付き添い人のミス・ナイトにも堂々とした態度をとれるようになっています。

「年を取る=何もできなくなる」というイメージはまだまだありますが、それは単に周囲がそう思い込ませているだけなのかもしれません。この作品の中で復活していくミス・マープルの姿を通して、「体、あるいは心が元気なら、自分らしくいられる」ということを教えられた気がしました。

「人生に配られたカードをどう使うか」人生の深いテーマに切り込んだ作品

『鏡は横にひび割れて』はミステリ小説でありながら、人生の一大テーマを扱った作品でもあります。ストーリーの主軸に女性の人生が据えられていることからも、特に女性には刺さるストーリーなのではないでしょうか。

結婚して子供や孫に恵まれた人、結婚しても子どものいない人、結婚自体をしていない人。この物語に登場する女性たちは、その年齢もライフスタイルも実にバラエティに富んでいます。

そんな女性たちの中でも特に注目したいのが、大女優マリーナ・グレッグとわれらがミス・マープル。その人生に対するスタンスを比較してみると、女性として、また一人の人間としての大きな違いに気がつきます。

マリーナは若いころから何度も結婚と離婚を繰り返し、狂ったように子供に執着してきました。「かわいい子どもたちに囲まれた幸福な母親」という幸せの形を目指してきたのです。彼女にとっては理想の幸せが先にあり、そこにたどり着けないことは不幸。子どものいない自分の現状を完全には受け入れられない状態でした。

一方のミス・マープルは、結婚自体を一度もしたことがありません。自身でも言っていますがいわゆるオールドミス。しかし夫や子供という存在がないことで卑屈になることもありませんし、誰かがいないと寂しいという感じでもありません。むしろ住み込みで付き添っているミス・ナイトを疎ましく思っているほど。自身の生き方や暮らし方に自信を持っているのが感じ取れます。

二人の違いが分かりやすく表されているのは、ゴシントン・ホールの元住人であるバントリー夫人への態度でしょう。

バントリー夫人は4人の子どもと9人の孫に恵まれた女性です。作中でバントリー夫人が家族の話をしたとき、マリーナの手が震えるという描写が登場します。自分の求める幸せを手に入れてきた女性を前に動揺してしまったためでしょう。

バントリー夫人には何の罪もありませんが、自分の人生を受け入れ切れていないマリーナの複雑な心情が現れている場面です。

一方バントリー夫人と旧知の仲のミス・マープルは、そうしたライフスタイルの違いを特に気にしている様子はありません。結婚に対する意見もごく普通に言い合っていますし、相手と自分の違いを自然なこととして受け入れていることが伝わってきます。

この二人を比べるとわかるのは、「自分の人生に配られたカード」を受け入れられるかどうかで、人生の幸福度が大きく変わるということ。

自分自身からかけ離れた理想を追い求めて不幸な気持ちになっていくのか、それとも自分の人生のカードを使って楽しんで生きていくのか。この作品を読みながら自分自身の在り方を思いがけず深く考えてしまいました。

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まとめ

『鏡は横にひび割れて』はミステリ小説としてのエンタメ性を備えながら、人生についても深く考えさせられる作品です。

私自身、ミス・マープルシリーズの作品の中でも大好きな作品で、これまで小説やドラマで何度も繰り返し楽しんできました。

「時代の変化」「女性としての幸せ」「自身の老い」など、身近なテーマが盛り込まれていますので、ミステリ小説をあまり読んだことがないという人でも楽しめる名作だと思います。

※物語の人物名や固有名詞の表記は、「鏡は横にひび割れて(山本やよい 訳/ハヤカワクリスティー文庫/2004年版)」を参考にしました。

【参考文献】

・鏡は横にひび割れて(山本やよい 訳/ハヤカワクリスティー文庫/2004年版)

・アガサ・クリスティー完全攻略 決定版(霜月蒼/ハヤカワクリスティー文庫/2018年)

・ミステリ・ハンドブック アガサ・クリスティー(ディック・ライリー パム・マカリスター 編/森 英俊 監訳/原書房/2010年)

【参考ウェブサイト】

・ウィキペディア内「アガサ・クリスティ」

・ウィキペディア内「ミス・マープル」

・ウィキペディア内「鏡は横にひび割れて」

・ウィキペディア内「The Lady of Shalott」

・ウィキペディア内「アガサ・クリスティー ミス・マープル」

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