『名馬シルバー・ブレイズ号』のあらすじや感想、トリビアを解説!競走馬失踪の謎にホームズが迫る有名短編

イギリス文学
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名馬シルバー・ブレイズ号の感想・考察(ネタバレ有)

ここからは、本作に関する考察を含めた感想を述べていきたいと思います。
なお、記事の構成上ネタバレ要素が含まれていますので、未読の方はぜひ作品を読んでから先を読み進めてください。

今回の罪は「殺人」ではない?問題の本質が違うというどんでん返し

物語の最後で、ジョン・ストレーカー殺害事件の意外な真犯人が明かされます。それは失踪し行方不明となっていたシルバー・ブレイズ号でした。

実はダートムア以外の場所でも、家庭を持っていたストレーカー。二重生活を維持するために借金を重ね、首が回らなくなった彼は、〈ウェセックス・カップ〉の本命馬であるシルバー・ブレイズ号にケガをさせ、大金をかけた対抗馬を勝たせることで借金を返そうとしたのです。ムーアの窪地で医療用のメスを構え、シルバー・ブレイズ号の後ろに回ったところを蹴られたという、すべてが自業自得としか言いようのない事故でした。

被害者と思われていたストレーカーが、実は馬に危害を加えようとした加害者だったという驚きの事実。これは「田舎で馬の調教師をしているような人は、動物好きな善い人だ」という、読者のイメージもうまく利用したどんでん返しと言えるでしょう。

本作はミステリとして、一切無駄のない構成になっており、登場する事実がすべて結末につながる伏線になっています。結末を知ってから読み返すと、明らかなヒントが仕込まれているのですが、今回の事件の焦点は「殺人」ではなく「失踪」の方にあり、問題の本質を見抜けないと謎が解けないというパターンの事件でした。最後まで読めば、タイトルに馬の名前が採用されているのも納得できますね。

女の敵ストレーカーが遺した、その後が気になる2つの家庭

今回は「馬が犯人」という驚きがメインのストーリーのため、ストレーカーの問題行動につながる動機の部分はなんともサラっと扱われています。読んでいると「え?ちょっと待って?」と言いたくなるところです。

ストレーカーがダートムア以外の場所で、ウィリアム・ダービーシャーとして家庭を持ち、贅沢好きなダービーシャー夫人のために借金まで重ねていたというのは、当然家族にも知らされたことでしょう。夫を失っただけでもショックなのに、突然その事実を知らされたストレーカー夫人はその後一体どうなったのか。立派に厩舎を運営していければ生活も成り立つでしょうが、最低夫の遺した厩舎に対してそこまで強い気持ちが持てるでしょうか?

ダービーシャー夫人にしても、おそらく夫はお金持ちだと思っていたでしょうし、自分以外の妻の存在も衝撃だったはずです。彼女の場合は夫の遺した借金を背負うことにもなるわけですから、泣いてばかりもいられない。持ち物や家も手放さなければならないでしょうし、生活がガラッと変わってしまったことは間違いありません。

ストレーカーのあまりにもゲスな一面は、事件の要素の1つとして片付けられていますが、2人の女性の視点で見るとこれほどひどい話もないでしょう。

現場での捜査からスピード解決へ!ホームズの遊び心ある演出にも注目

この作品は個人的にとても好きなタイプの作品でした。現場に入ってからのテンポの良さ、意外な形でのスピード解決、事件解決につながるホームズの謎めいた発言など、どこか『赤毛組合』に通ずるものがあります。ホームズについて回っているうちに、事件の解決まで導かれているというワトスン目線の心地よさがたまりません!


また、本作はホームズによる種明かしの演出が光る作品の1つ。ホームズは解き明かした事実を最後まで誰にも明かさないまま、シルバー・ブレイズ号をかくまっていたライバル厩舎を脅して、塗料で馬の特徴を隠したまま出走させます(ちなみにこれを実際にやると重大なルール違反です)。そしてレース後、馬主やワトスンたちに「この馬がシルバー・ブレイズ号だよ。そして犯人だよ!」と発表して大いに驚かせるのです。

ホームズの演出好きは、このエピソードに限ったことではありません。そして、これは名探偵ものによくみられる手法でもあります。しかしホームズの場合、作者の都合であるという以前に「ホームズがそうやって楽しんでいる」という風にも見えてくるのが不思議なところ。

初対面の人の素性を言い当てるなど、ホームズは日ごろから人を驚かせるのを好む傾向にあるため、こうした演出も特に不自然に感じられず自然にハマっています。

ストレーカーから感じる人間の身勝手さ

事件の被害者であり加害者でもあるストレーカー。二重生活を送っていたという以外にも、今回の犯行のためにかなり自分本位な行動をとっています。

今回シルバー・ブレイズ号は辛くも難を逃れましたが、馬にケガをさせる前の練習台として、なんと彼は羊を利用しています。また、夜勤の厩務員を眠らせるため、体によくない粉末アヘン入りのカレー煮を平気で食べさせるなど、本当に自分のことしか考えていません。

私はこのエピソードを読んで、人間が自然や他の動物に対してやってきたことの罪深さを考えてしまいました。自分たちの楽しみのため、またはお金儲けのために、資源や動物を好きなように利用してきた人間。自分たちに都合よく考えてとってきた行動が、今あらゆる形で返ってきているわけですが、これは馬に蹴られたストレーカーに重なります。

彼は単に物語の中の悪者ではなく、人間の身勝手さを集約させた存在のように思えてくるのです。人類がストレーカーのようにならないためにはどうすればよいのか、危機感とともに改めて深く考えさせられました。

まとめ

今回は動物が主役の短編の1つ、『名馬シルバー・ブレイズ号』を取り上げました。

鹿撃ち帽をかぶったホームズとワトスンが列車で移動する様子を描いた、シドニー・パジェットの挿絵でも有名な本作。

事件そのものの意外性だけでなく、ヴィクトリア朝当時の競馬熱や食生活なども垣間見える充実した内容も、作品の魅力となっています。

短編でもその内容から読み取れることは読者の数だけあり、短編だからこそ解釈は自由に広がっていきます。

ぜひオリジナルの視点で作品世界を楽しんでみてください!

※物語の人物名や固有名詞の表記は、「回想のシャーロック・ホームズ【新訳版】(深町眞理子訳/創元推理文庫/2010年版)」「新装版シャーロック・ホームズ⑬名馬シルバー・ブレイズ号(内田庶訳/岩崎書店/2011年)」を参考にしました。

【参考文献】
・回想のシャーロック・ホームズ【新訳版】(深町眞理子訳/創元推理文庫/2010年版)
・シャーロック・ホームズ全集④シャーロック・ホームズの思い出(小林司・東山あかね・高田寛訳/河出書房新社/1999年)
・新装版シャーロック・ホームズ⑬名馬シルバー・ブレイズ号(内田庶訳/岩崎書店/2011年)
・シャーロック・ホームズの冒険【新訳版】(深町眞理子訳/創元推理文庫/2010年版)
・シャーロック・ホームズ完全ナビ(ダニエル・スミス著/日暮雅通訳/国書刊行会/2016年)
・シャーロック・ホームズ大図鑑(デイヴィッド・スチュアート・デイヴィーズほか著/日暮雅通訳/三省堂/2016年)
・シャーロック・ホームズと見る ヴィクトリア朝英国の食卓と生活(関矢悦子著/原書房/2014年)
・シャーロック・ホームズ語辞典(北原尚彦・えのころ工房著/誠文堂新光社/2019年)
・カレーの歴史(コリーン・テイラー・セン著/竹田円訳/原書房/2013年)

【参考ウェブサイト】
・ウィキペディア内「ダートムーア

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