『ジェーン・エア』のあらすじや感想、『嵐が丘』との関連を解説!女性の自立を描いた私小説的作品

ジェーン・エア アイキャッチ イギリス文学
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「障害のある恋愛」というものは、時代・地域を問わず小説や映画のテーマとなってきました。

中でも「身分違いの恋」というものは、オースティンの「高慢と偏見」、デュマの「椿姫」など、名作の多い分野です。

今回取り上げるのも、その身分違いの恋をする人物が主役の『ジェーン(ジェイン)・エア』

本作は、まだ「男尊女卑」の風潮が強かった時代の文学において、「女性の自立」を描いた画期的なものであり、いま読んでも面白い作品です。

なお、この記事では1ページ目にあらすじや作品情報・トリビアといった解説文を、2ページ目は書評(ネタバレ多め)を掲載していますので、部分ごとに読んでいただいても大丈夫です。

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ジェーン・エアの作品情報

まず、本作に関する基本的な作品情報を整理しておきます。

作者 シャーロット・ブロンテ
執筆年 1847年
執筆国 イギリス
言語 英語
ジャンル ゴシックロマンス
読解難度 読みやすい
電子書籍化
青空文庫 ×
Kindle Unlimited読み放題 △(上巻のみ対応)

本作は非常に読みやすい文体で書かれており、物語がテンポ良く進みます。

そのため、古典初心者の方でも楽に読むことができるでしょう。

なお、本作は電子書籍として読むことも可能で、その際はAmazon発売のリーダー「Kindle」の使用をオススメします。

ジェーン・エアの簡単なあらすじ

孤児となったジェーンは叔母の家に引き取られた。

しかし、そこでの暮らしは易しいものではなく、冷たい叔母、従兄弟から酷い暴力を受けてしまう。

やがて、彼女は寄宿学校ローウッド学院に送られた。

ところが、そこでもまた、教師からの理不尽な躾、友人の死と不幸が続く。

苦境の中で成長した彼女は、18歳の年にフランスからやってきた少女アデルのガヴァネス(住み込みの家庭教師)となるべく、ソーンフィールド屋敷へ向かった。

そこで屋敷の主人であるロチェスターと出会い、しだいに心を通わせていく。

怪しい変わった女グレイスプール、ある夜起きた小火(ぼや)、西インドからの突然の来客。それらが示すことは何か。

ロチェスターとジェインの結婚式の直前、彼と屋敷の秘密が明かされる——。

こんな人に読んで欲しい

・王道の恋愛小説に飽きている
・ホラー、推理小説が好き
・ヴィクトリア朝の恋愛に興味がある
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ジェーン・エアの時代背景や作者の生涯、『嵐が丘』との関連を解説!

非常にわかりやすく読みやすい作品ですが、本作を読むにあたって知っておくとより楽しめる知識というものはいくつかあります。

以下では、そのあたりを中心に解説していきます。

産業革命の時代を舞台に、「女性の自立」をテーマとした

本作が執筆されたのは1847年。イギリスにおいては、ヴィクトリア朝の初期にあたる時代です。

イギリス史だけでなく、世界史においても極めて重要な「産業革命」の進行によって、経済が急速に発展していた「大英帝国の絶頂期」にあたります。

産業革命 工場産業革命期の工場(出典:Wikipedia)

この時代の経済や政治システムについては、教科書レベルでも必ず記載されているでしょう。

しかし、一方であまり注目はされていないのですが、女性を取り巻く環境がどのようなものであったかをご存知でしょうか?

結論から言えば、女性の地位は極めて低く扱われ、生まれた家や父親の階級で判断された時代でした。

父や兄の後ろ盾なく女性が社会的地位をもつことは困難。現代では当たり前の「自由恋愛」は夢物語です。

中流階級以上、もしくはお金持ちの家族がいる女性たちは、社交界に出て華やかな世界住むことができます。しかし就業することはなく、家の中を切り盛りをすることが良しとされていました。

では、お金も家柄もないない女性が「自立」することはできたのか。

極めて困難であることは確かでしたが、少なからず自立の道はありました。

それは、本作のヒロインであるジェーンと同じ「教師」という職に就くこと。

具体的には、「ガヴァネス」と呼ばれた家庭教師か女学院の教師だけだったと考えられます。

たとえ若くて志が高くとも、教師以外の道で知性を活用して生きていくことはできませんでした。

実際、作中でジェーンはこのようなことを考えています。

あたしはなにを望んでいるのだろう?新しい家、新しいひとびとにかこまれ、新しい環境のもとで働くこと。

あたしがただこれだけを望むのは、これ以上のことは望んでも無駄だから。

自伝的な作品だが、「男性風のペンネーム」で出版せざるを得なかった

本作は、作者であるシャーロット・ブロンテの自伝的な性格もあります。

シャーロット・ブロンテ 写真シャーロット・ブロンテ(出典:Wikipedia)

実際、彼女は10代の終わりから20代の始めにかけて、女学校の教師や家庭教師の職についていました。

もっとも、彼女自身「家庭教師の職は好きではなく向いていなかった」と感じていたようですが。

その後ベルギーへの留学や私塾の開校を経て、彼女が31歳の年に本作は出版されました。

が、先ほども書いたように、当時のイギリス社会が思い描く女性像と真逆の作品。女性が書いたとわかれば偏見の目を免れなかったので、当初は男性風の「カラー・ベル」というペンネームを使用して出版しました。

既存の女性観に反発した本作は大反響を呼び、やがてロンドンに出たシャーロットは、そこでようやく身元を明かすことができたのです。

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作者は「ブロンテ三姉妹」の長女で、妹の書いた『嵐が丘』とよく比較される

シャーロットは、六人姉弟の三女として生まれました。

父は牧師でしたが、家庭は決して裕福ではありませんでした。シャーロットは姉二人・妹エミリと共にランカシャーの寄宿学校に入学しますが、その環境は劣悪。衛生問題が原因で姉二人を結核で亡くすという悲劇に見舞われます。

ちなみに、この学校をもとに本作のローウッド学園がイメージされ、同時に姉二人はジェインの親友ヘレン・バーンズのモデルとなったそう。

姉を二人失い、妹二人と弟一人の四人妹弟となったシャーロット。

このうち、彼女の妹二人は姉に負けず劣らぬ文学的才能を有していました。

長妹のエミリーは歴史的な古典作品『嵐が丘』を、末妹のアンは『ワイルドフェル屋敷の人々』を出版したことから、彼女たちは総称して「ブロンテ三姉妹」と呼ばれます。

ブロンテ三姉妹 絵画ブロンテ三姉妹を描いた絵画(出典:Wikipedia)

姉妹であるがゆえに、本作と『嵐が丘』はしばしば比較対象になりました。

しかし、本作は「女性の自立」をテーマに書かれている一方、『嵐が丘』は「救いようのない悲劇」をテーマにしており、内容は全く異なります。

また、本作が発売直後からベストセラーとして高く評価されたのに対し、『嵐が丘』は酷評され、名作と称されるようになったのはエミリーの死後。

姉妹の作品ですが、両極端といっていいほど性質は異なります。

※続きは次のページへ

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