『夜と霧』のあらすじや感想、テーマの解説!世界中で評価され、レポートの題材としてもお馴染み

夜と霧 アイキャッチドイツ近現代文学
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わくわくするような本、役立つ知識がいっぱいの本、読むだけで元気になれる本。世の中には実に様々な種類の本があります。

そんな中で、「困難に立ち向かう勇気、前向きになる力」を与えてくれるという点において、フランクルが書いた『夜と霧』は最高の本だといえます。

私自身「もういいや…」と落ち込みそうになったときに、何度この本に救われたかわかりません。

ちょっと疲れているなという方も、そうでない方も、今回ご紹介する作品にぜひ一度触れてみてください!

また、本作は看護系の学科を中心にレポートの題材として選ばれることも多いよう。

感想文・レポートを作成するうえでも役に立つ解説が満載です。

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『夜と霧』の基本情報

まず、本作に関する基本的な作品情報を整理しておきます。

作者V .E .フランクル
執筆年1945年(出版は1946年)
執筆国オーストリア
言語ドイツ語
ジャンル手記
読解難度やや読みにくい
電子書籍化
青空文庫×
Kindle Unlimited読み放題×

著者が強制収容所で迫害を受けた際の、壮絶な体験を綴った本です。

いつ殺されてしまうか分からない過酷な状況と、そのような中にあっても決して自らの尊厳を失わなかった著者の精神の気高さが表れている重厚な作品となっています。

なお、電子書籍として読むことも可能で、その際はAmazon発売のリーダー「Kindle Paperwhite」の使用をオススメします。

「Kindle」で古典文学を読むメリットは下記の記事で解説しているので、気になる方はご一読を!

『夜と霧』の簡単なあらすじ

1942年、オーストリアのウィーンで精神科医として診療所を運営していたフランクル

しかし、彼はユダヤ人であるというだけの理由でナチスに捕らえられ、妻や両親ともども強制収容所へ送られてしまう。

世界史上、最悪の悲劇と言えるホロコーストの渦中でに置かれたフランクル。残虐な行為を身に受けながらも、彼は生きることについて独自の崇高な思想を完成させた。

絶望する人々を支え励まし、過酷な状況を奇跡的に生き抜いていく…。

こんな人に読んでほしい

・前向きに生きたい
・困難や辛さを抱えている
・生きる意味が知りたい
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『夜と霧』の評価や著者の人物像、当時の時代背景について解説!

本作は、歴史的理解を要する「ホロコースト」を軸として描かれており、作者の人生なども含めた知識が必要な一作。

読解に必要な部分に絞って、解説していきます。

ナチスによるホロコーストを最低限知っておくべき

この作品を見る上で、ナチス・ドイツによる、主にユダヤ人を対象とした大量虐殺「ホロコースト」を避けて通るわけにはいきません。

ナチスドイツ 国旗
ナチス・ドイツの国旗(出典:Wikipedia)

ただし、ホロコーストについては非常に多くの情報や複雑な議論も存在しますので、ここでは作品に関係する部分について簡単に触れるにとどめます。

フランクルが20代の後半に差し掛かった頃、ヒトラー率いるナチス・ドイツは多くの国民の支持を集め、民主的に政権を掌握しました。そして、彼は総統と呼ばれる立場で独裁的な政治を行いました。

彼らは「反ユダヤ主義」を掲げ、ユダヤ人の絶滅を目論みます。ドイツ国内だけでなく、占領下であったポーランドやオーストリアなど、多くの地にユダヤ人絶滅を目的とする強制収容所を作りました。

有名なアウシュビッツをはじめとする強制収容所では、ユダヤ人を効率的に殺害するためのガス室が設置され、日常的に殺戮や暴力行為が行われていたのです。

アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所 外観アウシュビッツ=ビルケナウ強制収容所(出典:Wikipedia)

このホロコーストによる犠牲者は、推計で600万人。一説には1000万人を超えるとも言われていますが、少なくとも数百万人が犠牲になったことは確かです。

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医学・心理学の知識と過酷な経験を生かし、人々を救い続けたフランクル

この本は作者・フランクルの手記であり、彼の人となりを知ることが作品の理解にも役立ちます。

フランクル 写真フランクル(出典:Wikipedia)

1905年、フランクルはにオーストリアの首都・ウィーンに生まれました。彼はとても優秀な学生であり、有名な心理学者のフロイトやアドラーに教えを受けています。

実はフランクル、高校時代にフロイトへ心理学の論文を書いて送ったことがあるそうです。フロイトと言えば、誰もが知っている心理学会の偉大な学者。当時から評価は高かったので、彼に高校生が論文を送り付けるとはなんとも挑戦的…。

もしかしたら、彼はかなりの自信家、野心家だったのかもしれません。

しかし、論文の出来が良かったのでしょうか。フロイトはその論文を捨てるどころか学会に提出し、フランクルにもきっちり返事を書いています。フランクルは大した学生でしたが、フロイトも流石。

その後、彼はウィーン大学で医学を学び、卒業後は心理学者・精神科医として順調なキャリアを築いていきました。

1941年には病院の同僚であった看護婦と結婚。そして自らクリニックを開業して独立するなど、理想の生活を手に入れたフランクル。

しかし、ナチスは彼から順風満帆な暮らしを奪います。

第二次世界大戦の開戦により、彼の祖国・オーストリアはドイツに征服されてしまったのです。結婚の翌年である1942年、フランクルは「ユダヤ人である」というだけの理由でナチスに捕らえられ、強制収容所に送られてしまいました。

彼は収容所生活を耐え抜き、1945年4月の戦争終結によってようやく解放され、再び自由を得ることができました。およそ2年7ヶ月の間、地獄と言ってもまだ足りない、凄惨な状況のなかで辛うじて生き延びたフランクル。

しかし、解放された彼を待っていたのは「強制収容所でバラバラにされた妻や両親の死」という辛い知らせ。

失意のどん底にありながら、彼は「強制収容所を経験した心理学者」として精力的な活動を始めます。まさに、並外れた精神力の持ち主。本作をはじめ、多くの本を出版しました。

その後も精神科医として人々を癒す傍ら、世界各地を飛び回って多くの人と交流。ウィーン大学教授、ハーバード大学客員教授の職について思想の普及に努め、1997年に92歳で天寿を全うしました。

世界中で多くの人に励ましや希望を与え続け、多くの人に愛された。彼の人柄を一言で表せば「聖人」と表現できるかもしれません。

とはいえ、フランクルが「我々と別世界に住む雲の上の人」であったかというと、必ずしもそうは言いきれない側面も。

実は彼、タバコとコーヒー好きすぎるあまり、片時も手放せなかったそうです。

分かりやすくいってしまえば、強度のニコチン中毒かつカフェイン中毒。

こう聞くと、人並み外れた鋼鉄の意志の持ち主にしか見えなかった彼も、案外身近に思えてきませんか?

わずか9日間で執筆された作品だが、世界中で高く評価される

本作は、世界17カ国語に翻訳され、1000万部以上の大ベストセラーとして世界中の人に愛されている一作。

また、日本では読売新聞主催の「読者が選ぶ21世紀に伝えるあの1冊」アンケートで第3位、アメリカ国会図書館の「私の人生に最も影響を与えた本」の調査で第9位と、各国でも絶大な支持を集めているようです。

世界中で愛され続けるこの作品ですが、フランクルは強制収容所を解放された後、わずか9日間足らずで書き上げたといいます。

「辛い収容所生活の中で、どれほど強くこの本の完成を願っていたことか…。強い使命感に突き動かされ、文章も覚えてしまうほど何度も何度も想い続けたに違いない」

ついつい、そんな想像をしてしまいますね。

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二種類の日本語訳はどちらも素晴らしい!

この本が日本に紹介されたのは1956年。心理学者の霜山徳爾(しもやまとくじ)先生の翻訳によるものです。

その後、2002年にはドイツ語翻訳家の池田香代子先生により、新しい訳も出版されました。

実はこの2冊、かなり個性的な作りになっています。

最初に出版された霜山訳は重厚な言葉使いの翻訳で、多少歯ごたえがあります。が、生々しい臨場感もたっぷり。

新しい池田訳は、出版社の「現在の翻訳(旧訳)では若い人には読みにくいかもしれない。是非若い人にも読んでもらえる訳を!」という熱い情熱から生まれたもので、親しみやすい言葉で書かれた文章になっています。

ただ、どちらも非常に優れた訳であることには違いがありません。

なので、どちらを選ぶかは正直好みの問題でしょう。

強いて言うなら、「本を読み慣れており、しっかり読みたい」なら古い霜山訳、「古典に少し苦手意識がある」なら新しい池田訳がおすすめです。

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