『踊る人形』のあらすじや感想、トリビアを解説(ネタバレ有)シリーズでは珍しい「暗号もの」の傑作!

踊る人形 アイキャッチ イギリス文学
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踊る人形の感想・考察!(ネタバレ有)

ここからは、本作に関する考察を含めた感想を述べていきたいと思います。

なお、記事の構成上ネタバレ要素が含まれていますので、未読の方はぜひ作品を読んでから先を読み進めてください。

密室殺人、暗号解読、クライマックスに向けて加速する物語構成

キュービット氏が集めてきた踊る人形の暗号文をもとに、暗号を解読したホームズ。犯人の目星もつき、謎はすべて解決というところまで来ます。しかし、ホームズが危惧していた事態が起こってしまうのです。

キュービット家に迫る危険に気づいたホームズは、急いで依頼人の元へ向かいますが、時すでに遅し。リドリング・ソープ荘園で悲劇が起こり、エルシー夫人は重傷を負い、依頼人のヒルトン・キュービット氏は銃で撃たれて亡くなってしまったのです。

現場の状況から、夫を撃ったエルシー夫人が自殺を図ったものと判断され、エルシー夫人に殺害容疑がかかっていました。

現場に臨場したホームズは、すぐにその場にいた第三者の痕跡を発見。踊る人形のメッセージでその人物をおびき出し、見事に捕まえます。すごいスピード解決!

『踊る人形』は、前半は特別大きな動きがなく、どちらかと言えば単調な感じなのですが、後半に面白い部分がぎゅっと凝縮されています。

さりげなく描かれてはいますが、キュービット氏の殺害事件は密室殺人です。部屋の出入口は開いていますが、窓には鍵がかかり、一見第三者の侵入は不可能に思えます。ホームズはさらっと解いてしまいますが、実は密室殺人を解決していたというすごい話です。

ただし、この話のメインはあくまで暗号。ということで、後半の読みどころはこの後にやってきます。犯人の到着を待つ間に、ホームズはワトスンたちに暗号をどうやって解読したのかを話して聞かせるのです。

流れるような解説を読むと、すごく簡単なように思えますが、ノーヒントで解読するのはかなり難しいと思います。ホームズの頭の良さに感服せざるを得ません。

ホームズは暗号に関しても論文を書いているくらい精通していて、そのあたりの博学っぷりにも素直に感動します。

自慢げに解読法を語っているところからも「暗号の解読自体はかなり楽しかったんだろうな」というのがわかります。持てる知識を使って、脳みそをフル回転させるという作業は、ホームズのような人にとっては、至上の悦びなのでしょう。

こうした盛り上がりの後に、犯人の逮捕と自白というさらなる盛り上がりが用意されていて、最後の最後まで飽きさせません。短編とは思えないほどの盛りだくさんの内容で、しかもそれがすべて見事にハマっています。

アメリカといえばギャング?ホームズシリーズの中でのアメリカ人

エルシー夫人に踊る人形のメッセージを送り付け、キュービット氏を殺害した犯人は、アメリカ人のエイブ・スレーニーでした。彼はシカゴのギャングで、エルシーの元婚約者。エルシーはギャングの親分の娘だったのですが、自分の境遇に嫌気がさして逃げ出したという過去がありました。

スレーニーはエルシーをあきらめきれず、どこまでも追い回し、それが今回の悲劇につながってしまったのです。

ホームズシリーズにたびたび登場するのがアメリカ人。ただ、ギャング以外でもアメリカ人となると、粗暴で残酷なイメージの人物として扱われていることが多い印象です。

『踊る人形』以外でも、ホームズの初登場作『緋色の研究』や短編『オレンジの種五つ』(『シャーロック・ホームズの冒険』収録)などを読んでも、アメリカ人の描き方には偏りを感じます。

ホームズ作品内での描かれ方から、当時のギャングがどれだけ恐れられる存在だったか、また、「歴史ある大英帝国」と「生まれたばかりの若いアメリカ」の間にある、差別意識や隔たりも感じられます。

ただ、当時のギャングのエピソードはミステリ作家的には、おいしいネタだったのではないでしょうか。何か起こるたびに「ホームズとこの事件を絡めたら……」と、アイディアを膨らませていたのではないかと、つい想像してしまいます。

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2人の男性の「愛」が招いた悲しい結末

古典ミステリの暗号ものの代表作『踊る人形』は、実はドラマチックな「愛」の物語でもあります。物語を動かす2人の男性に注目して見ていきましょう。

まずは、はるばるアメリカからエルシーを追いかけてきた上に、彼女の夫を殺害してしまう、エイブ・スレーニー。

スレーニーは現代風に言うと、いわゆるストーカーでエルシーにとってはかなり迷惑な存在です。本人は愛情からの行いだと思っていることも、相手は迷惑しているわけですから。

傍から見たら彼の言う「愛」は「執着」でしかありません。それでも、エルシーに殺人容疑がかかっているとわかった途端に自白を始めたことからも、彼がエルシーを大切に思う気持ちは伝わってきます。その彼なりの愛が、悲劇につながってしまいました。

エルシーを大切に思うもう一人の人物、ヒルトン・キュービット氏。彼はロンドンで偶然出会ったエルシーと恋に落ち、およそ1か月後には結婚してリドリング・ソープ荘園に連れ帰ってしまいます。かなりのスピード婚ですよね。

家柄のいい紳士が、素性のわからない外国人女性と結婚するというのは、当時としてもかなりエキセントリックな行動だったと思います。さらに彼は、「過去について何もたずねるな」というエルシーの要求を受け入れてしまっています。男を虜にしてしまうエルシーの魅力のすさまじさが垣間見えるエピソードです。

今回の踊る人形の件についても、エルシーに聞けば一発でわかることなのに、紳士な彼はエルシーの意思を尊重して、厳しく問い詰めることをしていません。

でも、元気をなくしていくエルシーのことが心配で、こっそりホームズに相談に来ています。相手を思いやるが故の遠回り、これも今回の悲劇の要因になりました。

2人の愛情をあえて漢字一文字で表すなら、スレーニーは「動」、キュービット氏は「静」という感じでしょうか。異なるタイプの2つの愛情がぶつかり合って悲劇につながるという、人間ドラマの面白味や皮肉を感じさせるキャラクター設定です。

エルシーは本当に被害者?悲劇を招いた彼女の身勝手さ

物語の中心にいる女性、エルシー。何度読んでもこの人に関しては、ついイライラしてしまいます。

彼女が過去を隠し立てせず、夫に踊る人形のことを打ち明けていれば、キュービット氏が死ぬような事態は防げたはずです。

自分の過去のせいで家名に傷がつくと思ったようですが、ここでも相手を思いやりすぎたことが悲劇につながることになってしまいました。

また、彼女に対して私が強く感じるのは「身勝手」だということ。そもそも家名がどうのこうのと言うのであれば、キュービット氏に求婚された時点で断ればいいと思います。

ただ、彼女としてはキュービット氏との結婚は自分の過去を振り切れるチャンスだったわけで、そのあたりに女性ならではのずるさが垣間見えます。

また、スレーニーに対して、お金を渡して縁を切ろうとするあたりはかなり浅はかで、どこを取っても全体的に自分勝手な感じがしてしまいます。

本人としては周囲に気を遣って、なんとかいい感じにまとめようと頑張っていたのかもしれませんが、今回の事件の引き金になったのは、彼女の身勝手さにあると私には思えます。

この物語で、エルシーは拳銃自殺を図り、重傷を負いますが回復します。一見、愛する夫を亡くした悲劇のヒロインのように見える彼女。

ただし、彼女は過去を清算することに見事に成功しています。エイブ・スレーニーは懲役刑になりましたし、夫の死後もリドリング・ソープ荘園の主として屋敷に残ることができました。「彼女は本当に被害者なのか?」を考えると少し怖い話でもありますね。

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まとめ

今回はシャーロック・ホームズシリーズの名作短編『踊る人形』を取り上げました。

暗号ものという大きなテーマがありつつも、密室殺人や人間ドラマを盛り込んだ贅沢な内容で、ホームズファンならずとも、楽しく読める作品の1つだと思います。

ドイルがポーの作品にインスパイアされ生み出した名作が、のちの作家に大きな影響を与えてきたわけで、そのあたりの作家や作品同士のつながりも掘り下げていくと楽しそうだなと思います。

1つの作品をきっかけに、どんどん世界が広がっていくのがミステリ小説の面白さでもあります。

まずは短編から、世界を広げる読書を始めてみましょう!!

※物語の人物名や固有名詞の表記は、「シャーロック・ホームズの復活【新訳版】(深町眞理子訳/創元推理文庫/2012年版)」を参考にしました。

【参考文献】

・シャーロック・ホームズの復活【新訳版】(深町眞理子訳/創元推理文庫/2012年版)

・シャーロック・ホームズ全集⑥シャーロック・ホームズの帰還(小林司・東山あかね・高田寛訳/河出書房新社/1999年版)

・シャーロック・ホームズ完全ナビ(ダニエル・スミス著/日暮雅通訳/国書刊行会/2016年)

・シャーロック・ホームズ大図鑑(デイヴィッド・スチュアート・デイヴィーズほか著/日暮雅通訳/三省堂/2016年)

【参考サイト】
・ウィキペディア内「踊る人形」

・ウィキペディア内「黄金虫 (小説)」

・ウィキペディア内「アフリカ分割」

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