オースティンの作風や作品の特徴
オースティンの小説の中には、彼女が描くことを得意にしていたことや、伝えたいメッセージのようなものが存在しています。
その特徴を、順に解説していきます。
家族・親戚との人間関係や人生の経験が反映されている
オースティンの人生を注視すると、彼女の経験が小説に反映されていることに気が付きます。
作品の中ではたびたび兄弟姉妹の関係性が題材になっており、オースティンが自身の兄姉を愛し、またその愛情を美徳に感じていたことが強く伝わってきます。
先にも説明したように姉カサンドラとは生涯を通して強い絆で結ばれていましたし、兄弟は牧師・軍人・地主・実業家と多彩な職種に就いており、作家としてのオースティンに良い影響を与えました。
同時に、彼らは作品の登場人物のモデルにもなっていると考えられます。
実際、海兵であった五兄フランクに送った手紙の中では「『マンスフィールドパーク』の中でフランクの乗る船の名前を拝借した」と報告していますし、同作のヒロイン・ファニーの兄ウィリアムの愛情深さや妹に対する立派な振る舞いは、兄たちから寄せられた無償の愛が反映されていると言えましょう。
一方、オースティンは母のことを「怒りっぽくていつも体調が悪い」と語っており、さほど仲の良い関係とは言えなかったようです。このあたり、『高慢と偏見』や『マンスフィールドパーク』の母親像に共通しているのが興味深いところ。
他にも、オースティンは親戚が多かったために、若い兄嫁など女性同士のお付き合いで気苦労も多かったよう。
その経験が反映されてか、意地悪な女性キャラクターはオースティンの小説ではお決まりの存在です。
以上のように、彼女が経験したことや見聞きしたことを材料として描きたかったのは、当時のありのままの暮らしぶりや人々の関心事、特に女性たちの日常生活だったのではないでしょうか。
こういった対象を描かせれば、彼女ほどユーモラスに情景を映し出せる作家はそういないでしょう。
そもそもですが、オースティン自身がユーモアを重んじる女性だったのです。実際、家族に送った手紙の中ではしばしばきついジョークを交えていたそう。
オースティンが亡くなると、その際どいジョークが彼女の名を傷つけることを恐れ、カサンドラが手紙の多くを燃やしてしまったそう。
今で言えば「過激なTwitterのジョークを慌てて削除する」というようなものでしょうか。そこまでしなければならない手紙の内容は、想像すると面白いですね。
「結婚とお金」を主題に、当時の結婚観を皮肉たっぷりに描いている
彼女の小説における舞台は、都会から遠く離れた田舎町。そこに生きる上流中産階級の人々を描いたものであり、田舎町で起きる恋愛や結婚がオースティン作品の大筋です。
登場人物の多くは男性の資産や収入といったものをしばしば噂していますし、大人は娘たちをお金もちに嫁がせようと躍起になります。これには19世紀当時の事情があるのですが、結婚とお金は密接な関係にあり、男性は資産で、女性もまた持参金の多さで価値を推し量られていたわけです。
女性が働くのは労働階級者のみで、中流家庭以上の女性が仕事をもつこと自体良しとされていませんでした。
それは父や兄の体面に差し障りがあるからで、娘や妹を養う経済力もない、と他人に思われてしまう為なのですが、つまり女性が自立するには結婚しかなかったのです。
実際、愛がなくとも生活のために結婚を選ぶ女性が多かったことは事実。『高慢と偏見』でもヒロイン・エリザベスの親友シャーロットが惹かれてもいない俗な牧師と結婚するエピソードがあるのですが、エリザベスは親友の決断に驚き、
コリンズの妻シャーロット、こんな恥ずかしい絵はなかった!一人の友達が自らを恥ずかしめ、自分はその友達を尊敬出来なくなったという苦痛にかてて加えて、その友達が選んだ運命によって、その友達が幸せに暮らしていくことは不可能だという確信が、彼女を苦しめるのであった
と、作中で考えているほど(とはいえ、エリザベスもシャーロットの新居を訪れた際には温かい眼差しを向けており、当時の結婚観に諦めもあったのか、納得した素振りも見せています)
上で見たエリザベスの言葉には、オースティンの結婚に対する感情が強く込められているのだと思います。
女性に慎み深さが求められた時代、オースティンは皮肉を込めて当時の結婚感を描きあげており、そのセンスは恋愛小説家オースティンの一番の魅力とも言えましょう。
彼女は生涯独身だったわけですが、人生の終盤に過去の恋愛を忘れられずにいる『説得』という作品を描いたことも興味深いですね。
ヒロインたちの性格は様々だが「フェミニズム」という共通点がある
出版された全6作品の舞台や世界観は共通していますが、そのヒロインの性格は様々。
が、作品を読み込んでいくと分かることとして、『高慢と偏見』の快活なエリザベスや『エマ』のお節介なエマのようなオースティン自身を彷彿させるヒロインから、『マンスフィールドパーク』の道徳的なファニーに至るまで、どのヒロインもフェミニズムに通じる思想を有しているのです。
彼女の作品でたびたび描かれた〝求婚のお断り〟にはそれが分かりやく反映されます。先述の結婚観があった時代ですから、求婚を断るのは非常に勇気がいることでした。実際、ファニーのように親類から執拗に説得されることも実際あったでしょう。
が、オースティンはヒロインたちに愛のない結婚は選ばせません。さらにヒロインたちが男性や目上の者にまで歯に衣着せぬ発言をしていることにも注目したいですね。
オースティンの生きた時代のイギリスにはまだフェミニズムという言葉はなく、女性がそうした考えをもっているという認識すらありませんでした。
戦争や格差による貧困、孤児など暗い背景が作品に全く見えないのは、単にオースティンが経験していないからだけでなく、「政治や社会情勢を話題にするのは女性らしくない」といった当時の固定観念のせいでもあるかもしれません。
そんな時代ですから、彼女たちの挑戦的な態度は非常に面白く映ったことでしょう。
そしてこのフェミニズムの原点とも言えるところこそ、オースティンの作品が精彩を放つ要因であり、現代でも読み継がれる理由なのではないでしょうか。
また、オースティンも彼女の生み出したヒロインたちに思いのまま自己主張をさせ魅力的に描いたことで「女性が考えを主張できる未来の到来を願っていた」のだと、そんな想像をせずにはいられません。
オースティンが描く読書観と読書のススメ
『分別と多感』の恋人たちはハムレットについて討論しますし、『マンスフィールド・パーク』でも男性陣がシェイクスピアや朗読の重要性について熱く語っています。
また『ノーサンガーアビー』は当時彼女がよく読んでいた流行りのゴシック小説の要素が強く出ており、ゴシックパロディとも言えるでしょう。
上記はほんの一部ですが、彼女の作品では読書について触れる箇所が多いです。
なぜこうしたシーンが多いかといえば、彼女が「読書への関心と習慣こそ大切なことで、知性と教養は読書から生まれる」と考えていたためだといわれます。実際、彼女は幼いときから姉と読書にふけっていましたから。
が、当時の読書は大衆娯楽である一方、小説はあまり注目されておらず、主に詩や戯曲が多く読まれていました。オースティンもウィリアム・クーパーを愛読していたのですが、彼女自身は小説を書き続け、世に広めようと尽力しました。
つまり、オースティンは作品を通して「読書のススメ」を主張しているわけです。彼女がいかに文学を愛していたかがひしひしと伝わってきます。そんな彼女の願いが叶ってか、現代ではオースティンの作品が国内外で愛読され、多くの小説家をも魅了して深い影響を与え続けています。
オースティンのオススメ作品4選!
オースティンの作品はどれを手にとっても非常に読み易く面白いのですが、ここでは私のおすすめ作品をいくつか紹介いたしましょう。
『高慢と偏見』
田舎町のベネット家には、娘ばかりが5人もいました。ヒロインのエリザベスは賢い娘で、噂話好きな母親にうんざりしています。
ある日、社交のパーティで裕福なミスタ・ダーシーに出会ったエリザベスですが、田舎者を避け友人としか会話しない姿に高慢な印象をもちます。
さらに、親しくなったウィカムから聞いた話によってその印象は強まり、「偏見」が出来上がってしまいます。しかし、エリザベスはそのダーシーから求婚され——。
オースティンの代表作であり、同時に田舎町の女性の生活と恋愛、結婚を描いた最高傑作だと思います。
『エマ』
ウッドハウス家のお嬢様であるエマは、才能、美しさ、ユーモアと女性に必要なものは全て兼ね備えていました。
が、お節介で縁結びをしたがるたった一つの欠点があることは義兄のナイトリーしか気付いていません。
村の娘ハリエットと出会ったエマは、ハリエットに良い結婚をさせようと奮闘します。しかし、エマの様々な勘違いは、周囲の人々を巻き込んだ大騒動に発展し——。
オースティンの成熟期に描かれた、イギリス文学史上最も愉快な教養小説です。
『分別と多感』
当主が亡くなったダッシュウッド家では、前妻の息子ジョンが全ての財産を相続することになりました。
ジョンの妻に追い出されるように母娘はバートンコテージに引越し、慎ましく暮らし始めます。そんな折、妹マリアンは運命と感じる男性ウィロビー出会って恋に夢中になり、一方で姉エリナーは上手くいかない恋愛に悩んでいましたが、家族には相談できておらず——。
対照的な性格の姉妹と、それぞれの失恋を描いたオースティンのデビュー作です。
『マンスフィールド・パーク』
貧乏な家庭の長女ファニーは、裕福な叔母家族に引き取られることになりました。
控えめな性格ということもあり、高慢な従姉妹や意地悪なもう一人の叔母に虐げられる中、従兄弟のエドマンドだけはファニーに優しく接してくれます。
ファニーは自然とエドマンドに心惹かれていきますが、エドマンドが恋をしたのは美人だが育ちの悪さのせいで性格に問題のある女性でした。
それでもファニーはエドマンドの恋を応援しようと見守りますが——。
オースティン作品の中で、最も「道徳的なヒロイン」を描いた作品です。
まとめ
オースティンの人生を見てみると、あまり起伏のない人生に感じられるかもしれません。確かに彼女の人生には劇的な出来事は多くないでしょう。
ですが、彼女が日々の生活の中で受けた実体験は小説に強い影響を与えています。
オースティンの死後200年という時が経った今日、彼女の作品は世界中の読書好きに読まれています。
生活や人間関係を題材にしている作品ばかりなので、古典や読書に親しみがない方でも挑戦しやすいでしょう。
彼女が大切にしていた「ユーモアと皮肉」がミックスされた美しい19世紀イギリスの世界観を、ぜひ体験してみてください!
【参考文献】
・ジェーンオースティンの手紙 (新井潤美 編訳/岩波文庫/2004年版)
・深読みジェイン・オースティン (廣野由美子/NHKブックス/2017年版)
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