あなたはミステリ小説を読むとき、自分でも推理を楽しみたい派ですか?
もしそうなら、今回ご紹介する『まだらの紐』(短編集『シャーロック・ホームズの冒険』収録作品)はオススメの作品です!
何度読んでもおもしろいのがシャーロック・ホームズシリーズですが、ネタバレ前に読んでおきたいエピソードもたくさんあります。
『まだらの紐』もまさにそんなエピソードの一つ。
作中にちりばめられたヒントをもとに、ホームズとワトスンと共に推理を楽しめる作品になっています。
前半はあらすじとトリビアをご紹介し、後半はネタバレありで考察していきます。
作者コナン・ドイルが一番好きな短編として挙げていた自信作を、さまざまな角度からお楽しみください!
まだらの紐の作品情報
作者 | アーサー・コナン・ドイル |
---|---|
執筆年 | 1892年 |
執筆国 | イギリス |
言語 | 英語 |
ジャンル | ミステリ |
読解難度 | 読みやすい |
電子書籍化 | 〇 |
青空文庫 | × |
Kindle Unlimited読み放題 | 〇 |
1892年にホームズ・シリーズの短編第8弾として発表された『まだらの紐』。
1900年に滞在先の南アフリカでインタビューに答えた作者コナン・ドイルは、短編作品の中で一番のお気に入りとしてこの作品を挙げ、最後のホームズ作品を発表した1927年にも、この作品を短編の第一位としています。
後にも先にもホームズ短編でこれ以上の作品はなかったということでしょう。
オブザーバー誌の読者人気ランキングでも一位を獲得しており、ファンの間での評価も高い一作です。
まだらの紐の簡単なあらすじ
1883年4月のある日。朝も早い時間に、ホームズとワトスンが暮らすベイカー街221Bの部屋に全身黒ずくめのベールをかぶった女性が押しかけてきます。
その女性は、サリー州ストーク・モーランの屋敷に義父と二人で暮らし、結婚を間近に控えた32歳のヘレン・ストーナー嬢でした。
彼女は、人里離れた屋敷での暮らしと義父の性質、双子の姉ジュリアが亡くなった日のことをホームズとワトスンに話します。
2年前のジュリアは、現在のヘレン同様結婚を控えていました。が、就寝中に悲鳴を上げたのち、「まだらの紐」という不可解な言葉を遺して亡くなってしまいます。
検死やその後の調査でも特に怪しい点は見つからず、死因もはっきりしないまま月日が経ってしまいました。しかし、その時の姉の異常な様子や姉の遺した言葉を、ヘレンは忘れることができません。
ヘレンは寝室の改修工事のため、姉が使っていた寝室を急遽あてがわれます。すると、就寝中、生前の姉が口にしていた「口笛のような音」を耳にします。
彼女は自分自身もジュリアのようなことになるのではという不安にかられ、すがるような思いでベイカー街に助けを求めに来たのでした。
彼女の財産状況や、義父グリムズビー・ロイロット博士のエキセントリックな言動を聞いたホームズは、一刻を争う事態と判断。すぐさま現場に乗り込み調査をすることにします。
ジュリアはなぜ亡くなったのか、「まだらの紐(バンド)」とは何なのか。緊迫する状況の中で、ホームズの観察眼と推理が冴えわたり、驚きの結末につながっていきます。
作者コナン・ドイルも短編の中で一番のお気に入りと話し、ファンの間でも人気の高い名作短編です。
こんな人に読んでほしい
・勧善懲悪のシンプルなミステリを楽しみたい
・推理を楽しめるホームズ作品を読みたい
まだらの紐の時代背景や推理の面白さを解説!
「ロマ族」はわかりやすく言うと「ジプシー」のこと
依頼人ヘレン・ストーナー嬢の義父グリムズビー・ロイロット博士は、気性が激しく、古くから一族の屋敷のあるストーク・モーランでも人々から恐れられ、敬遠される存在。
そんな彼が唯一親しく付き合っているのは、「ロマ族の一団」でした。領地内での野営を許可し、時には彼らとともにふらりと旅にでかけてしまうほど仲良くなっています。
この「ロマ族」とは、一般に「ジプシー」と呼ばれる人たちのこと。ホームズシリーズのような昔の作品に出てくることが多いですが、現代にもそのルーツに誇りを持ち、文化と暮らしを守り続けるジプシーたちが存在しています。
ロマ族の荷馬車(出典:Wikipedia)
元をたどればインドにルーツがあり、「放浪の民」と呼ばれるジプシー。放浪する中で手に職をつけ、移動を続けながらたくましく暮らしてきた彼らですが、各地で時の為政者の方針に振り回されるなど、その道のりは苦労の多いものでした。
『まだらの紐』の舞台である19世紀の終わりごろには、彼らを劣等人種にカテゴライズする学者も出てくるなど、人種差別の対象とされていました。これが、のちの大戦で迫害を受けるという悲惨な歴史につながっていきます。
残念ながら作中に登場するロマ族たちも、あまりよいイメージでは描かれていません。
しかし、若いころにインドで暮らしていたロイロット博士にとって、インドにルーツのある彼らの雰囲気や暮らしぶりは、どこか落ち着けるものだったのでしょう。
また、ロマ族たちのほうでも、自分たちを嫌な顔をせずに受け入れてくれるロイロット博士に対して、心を開いていたのかもしれません。
当時の世相が垣間見えるロイロット家の資産状況
ヘレンの話を聞いてホームズが真っ先に気になったことは、ロイロット家の資産状況でした。
ロイロット家は、姉妹の亡き母が遺した投資資産の利息で成り立っていましたが、姉妹の結婚によって取り分が分割されるという条件が付いていました。事件には「結婚」が関わっていると推理したホームズは、まず資産状況の確認を始めます。
姉妹の母が遺した資産の投資先は農作物でした。おそらく投資を開始したと思われる1850年ごろは、まだ農作物への投資も十分利益が見込める状況だったのでしょう。しかし、1870年代ごろから不作や冷害などの影響で農作物の市場が冷え込みます。
姉妹の母が亡くなった頃には、利息だけで年に1000ポンド以上の収入になり、かなり裕福な暮らしを送れていたと思われます。もっとも、事件の起こった1883年ごろには、農作物の価格下落の影響で年に750ポンドほどに減収してしまっています。
元金には手を付けられない取り決めのため、投資先を変えることもできず、生活が今後ますます厳しくなっていくことは目に見えていたのです。
国内農業が冷え込んでいた時代が物語の背景としてうまく効いていて、当時の読者がホームズ作品にリアリティを感じていたというのもうなずけます。
現代のシャーロキアンたちがこうした背景の研究を世界中で行っていますので、そうした文献を読んで、ヴィクトリア朝のリアルを感じながら作品を楽しみましょう!
力自慢や友への配慮など、ホームズのさまざまな表情にも注目
作品ごとに新たな表情を見せてくれるホームズ。この作品でも推理ロボットとしてだけでなく、人間味のある一面を見せてくれます。
まずはヘレンの凶暴な義父グリムズビー・ロイロット博士との対面シーン。まんまと後をつけられていたヘレンが帰った後、なんとロイロット博士その人がベイカー街221Bに現れます。
「家族のことだから口を出すな」と脅しに来たわけです。彼はホームズを威嚇すべく、鋼鉄の火かき棒を2つに折り曲げるというパフォーマンスを披露します。アルミ製ではなく、鉄製。つまり、めちゃくちゃ硬い棒です。
ホームズはひょうひょうとその場をやり過ごしますが、博士が帰った後、折り曲げられた火かき棒をもとに戻します。実はすごく柔らかい棒だった、というわけではありません。
実は、ホームズも怪力の持ち主という驚きの一面がさらりと披露されているのです。「別に俺も強いし」という感じで、ワトスンの前でその力を見せつけているところも、人間らしさがあっていいですね。
次に、印象的なのは終盤に事件解決に向けて動き出すシーン。かなり危険な状況に飛び込むということで、ホームズはワトスンを気遣います。友達ですからね、そんな死ぬかもしれない危ない目に遭わせていいのかと心配になるのもわかります。
ワトスンが覚悟を示し、一緒に行くことにはなるのですが、このシーンのホームズにはちょっとジーンとさせられますね。
自分はワトスンに一緒に来てほしいけど、もし万が一ワトスンに何かあったら悔やんでも悔やみきれないという葛藤。危険な場面の多いホームズの仕事では、常につきまとう悩みだったのかもしれません。
ホームズの多彩な一面やワトスンとの友情はシリーズの読みどころです。ミステリとしてだけでなく、こうした人間ドラマも巧みに織り込まれている点も人気の秘密なのだと思います。
謎解きのヒントが満載!読者も推理を楽しめる一作
この作品の面白さは、なんといっても「読者もホームズと同じ情報を得て推理を楽しめる」という点でしょう。
エラリー・クイーンの作品に代表される「読者諸君!この謎が解けるかな?」という、あからさまな「読者への挑戦状」形式ではありません。が、謎を解くヒントは解決シーンまでにすべてちりばめられており、それらの情報で推理することも可能なのです。もちろん、謎を解くためにはベースとなる知識が必要ではありますが。
ミステリ作品で最も興ざめしてしまうパターンは、解決編になって読者の知らない新たな事実が明かされるという展開。こうなると読者は謎解きからは完全に締め出されてしまいますし、真相が明かされても素直に驚けません。
フェアプレイだからこそ、「自分もホームズと同じものを見ていたのに、全然解けなかった!やっぱりホームズすごい!」という気持ちになれるのであり、それがこの作品の人気につながっているのかなと思います。
初読の方はぜひぜひ推理を楽しみながら読み進めてみてください!
※ネタバレありの感想や考察は次のページへ!
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