『そして誰もいなくなった』のあらすじや考察、内容の解説(ネタバレ有)!「不安」に彩られたクリスティーの代表作

そして誰もいなくなった アイキャッチイギリス文学
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『そして誰もいなくなった』の感想・考察!(ネタバレ有)

ここからは、本作に関する考察を含めた感想を述べていきたいと思います。

なお、記事の構成上ネタバレ要素が含まれていますので、未読の方はぜひ作品を読んでから続きをお読みください。

悪い奴なら殺してもいい?犯人の狂気性と行き過ぎた正義感

タイトルの通り“誰もいなくなった”あと、犯人の遺した手記によって島で起こった連続殺人の全貌が語られます。

すべてを仕組んだ犯人は元判事ウォーグレイヴ。彼は多くの犯罪者を裁く立場にありましたが、生来殺人に憧れ、自分でも人を殺めてみたいという思いに逆らえなくなってしまいました。

そんな彼が目をつけたのは、法による裁きを受けることがなかった犯罪者たち。つまり、「犯罪者なら殺しても構わないだろう」と考えたわけです。

9人が過去に犯した罪は確かに「悪」ではありますが、一方で「正義感からくる動機であれば殺してもいい」というのは、かなり偏った危険な思考です。

自分は正義側でいたいという点には人間味を感じはします。しかし、ウォーグレイヴの場合は「殺したい」という思いが先にあり、その狂気性は否定できません。

手記からは、正義側の自分には殺す権利があるという傲慢さも感じられます。「罪の重さに応じて殺す順番を決める」というプロセスを踏んでいますので、単なる「殺し」ではなく「裁き」であるという発想で動いていたのでしょう。

こうした犯人の意識を読者にイメージさせるうえで、元判事という設定は活きていると感じます。

「童謡に見立てた殺人」や 「1人死ぬごとに兵隊の人形も消える」などの演出に加え、のちに10人の遺体を発見した人に謎が残るように、自分の死のタイミングを誤解させるなどの偽装工作まで行っており、ゲーム性を楽しんでいるような点にも不気味な印象を受けます。

程度の差こそあれ、どこかに罪悪感を抱えていた9人とは違い、ウォーグレイヴは殺人を大いに楽しんでからこの世を去っているわけです。正義と言う名の暴力と狂気が同居したこの犯人は、自分に自信を持っているだけに、ただただ恐ろしい存在です。

SNSが発達した現代では、社会通念上おかしなことをしたという理由で、行き過ぎたバッシングや社会的抹殺のようなことが平気で行われています。私は、彼の行動になんとなくそれと近いものを感じてゾッとしました。

食生活に現れる登場人物たちの心理状態が興味深い

生活の細かな描写がなされる点もクリスティー作品の魅力の一つ。特に食べることが大好きだったというクリスティーの食事やお茶の時間の描写は、読めば情景が頭に浮かぶほど温度があります。

様々な人の手によって、クリスティー作品に登場する食事などについて検証もされていますので、そうした書籍を読んでみるのも楽しいですよ。

『そして誰もいなくなった』でも、もちろん食事シーンが多数登場します。その食事シーンの変遷が、登場人物たちの心理状態の変化を表しているのです。

島に着いた最初の晩には、執事の妻エセルによって豪華な食事がふるまわれます。詳細には触れられていませんが、その描写から、あたたかく豪華な食事と初日特有のにぎやかな食卓が想像できます。

エセルの死後も彼女の料理を恋しがるセリフが登場していますので、料理自体もかなりおいしいものだったのでしょう。翌朝の朝食は簡単なビュッフェ式で、ベーコンや卵料理などあたたかい料理が並んでいるようです。

しかしその後、食卓にはコールドタンやコールドハムなどの冷たい料理が並び、缶詰などの備蓄品が提供されるようになるなど、食卓の温度が徐々に下がっていきます。

それとともにメンバーそれぞれの関係性も冷え込み、緊張感が高まっていくのです。最終的には台所でそそくさと缶詰を食べるだけになり、食卓の描写は登場しなくなります。食事は単なるエネルギー補給となるのです。

皆で食卓を囲むというのは、互いを信頼し安心できる環境だからこそ可能なこと。物語が進むにつれて食事がみるみる簡素化していく過程は、登場人物たちの猜疑心や緊張を読者に伝える部分として、作中で重要な役割を果たしています。

途中、「ごく普通にお茶の時間を楽しむことに登場人物がやすらぎを覚える」というシーンが登場していることからも、食事やお茶によって心理状態を表すことをクリスティーが大事にしていたことがうかがえます。

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探偵不在のクローズドサークル!読者を巻き込む「結末の見えない不安感」

この作品が多くの読者を惹きつける要因の一つに、「不安」という感情を抱かせる内容があると、私は考えています。

作中にはいわゆる名探偵が登場しません。つまりポアロやホームズのように、「この人がいるから大丈夫」と思える人は一人もいない。

そもそもそういった名探偵がいると、最終的に「誰もいなくなった」状態にできませんし、おそらく簡単に謎を解いてしまうので、物語として邪魔なわけです。名探偵にリーダーシップを取られてしまい、犯人の思い通りの展開に持ち込むことも難しかったでしょう。

ちなみに最後に警察関係者が数人登場しますが、彼らはあくまで状況説明要員であり、探偵役とは言えません。

孤島のクローズドサークルで探偵不在というのは、控えめに言ってもかなり絶望的な状況です。登場人物はもちろんでしょうが、読者も大いに不安にさせられます。

作中ではメンバーが自ら調査や推理を行いますが、全員が過去に罪を犯しているという設定もあるので、誰を信じれば正解なのかもわかりません。

名探偵が謎を解明して、殺人犯が懺悔して終わるという展開も見込めないので、どういう形で決着するのかも初読の段階では予測不能です。

そうした「結末の見えない不安感」が登場人物の心理と不思議とリンクして、読者を物語の世界に巻き込んでいきます。

全体的に淡々とした語り口でありながら、この作品が読者の心に入り込んでくるのは、物語を導いてくれる名探偵がいない「不安」が根底にあるからではないでしょうか。

ドロドロ感はなし!淡々とした文体で心理戦を楽しむ娯楽ミステリ

『そして誰もいなくなった』は、エンタメとしてのミステリの面白さを追求した娯楽作品と言えると思います。

10人もの人が数日で死ぬという大量殺人ミステリでありながら、作品自体は全くドロドロしていません。むしろ読後感はさわやかと言ってもいいほどで、あとあとまで内容を引きずって苦しむというような重さがないのです。

この作品では、殺人の恐さや残酷さよりも心理ゲームに重きが置かれており、肝心の殺人そのものや遺体の描写は実にあっさりとしています。

「大きな叫び声がして、現場に向かうとそこは血の海」というような劇的な殺人シーンというのはなく、「気がついたら死んでいた」という展開が続きます。

特にこれと言うタイミングもなく続々と人が減っていく心理的な怖さはありますが、残酷な描写が省かれていることで亡くなった人への同情心もあまり残らず、場面転換もスムーズ。

また、最後の犯人の手記を除き、ストーリーは原則第三者目線で語られるスタイル。心理描写の部分などで時折視点が変わることもありますが、文体も終始淡々としていて、過度に感情移入せずに読めるようになっています。

こうした工夫によって、読者が感情に振り回されずに、純粋に心理戦や推理を楽しめる作品になっているのです。

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まとめ

『そして誰もいなくなった』は、クリスティーの代表作の一つであり、のちのミステリ作家たちを大いに刺激した作品でもあります。

現代のミステリ小説を楽しむうえでも、必ず読んでおきたい一冊といえるでしょう。

また、初読で驚かされるのはもちろんですが、マザーグースなど背景知識を学んでからの再読も、新たな発見がたくさんあるのでおすすめです!

私自身も今回の記事の執筆にあたり、多くの気づきがあり、クリスティー作品の楽しみ方を考えるきっかけになりました。

あなたもぜひ、クリスティーの作品を読んで、自分なりの楽しみ方を見つけてみてください。

※物語の人物名や固有名詞の表記は、「そして誰もいなくなった(青木久惠訳/ハヤカワクリスティー文庫/2010年版)」を参考にしました。

【参考文献】

・そして誰もいなくなった(青木久惠 訳/ハヤカワクリスティー文庫/2010年版)

・アガサ・クリスティー99の謎(早川書房編集部 編/ハヤカワクリスティー文庫/2004年)

・アガサ・クリスティー読本(H・R・F・キーティング他 著/早川書房/1990年)

・ミステリ・ハンドブック アガサ・クリスティー(ディック・ライリー パム・マカリスター 編/森 英俊 監訳/原書房/2010年)

・ハヤカワミステリマガジン 2018年5月号(早川書房)

【参考ウェブサイト】

・ウィキペディア内「そして誰もいなくなった」

・ウィキペディア内「テン・リトル・インディアンズ」

・ウィキペディア内「アガサ・クリスティ」

・ウィキペディア内「獄門島」

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