『青いガーネット』のあらすじや感想、トリビアを解説!クリスマスシーズンにぴったりのホームズ短編

イギリス文学
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青いガーネットの感想・考察(ネタバレ有)

ここからは、本作に関する考察を含めた感想を述べていきたいと思います。

なお、記事の構成上ネタバレ要素が含まれていますので、未読の方はぜひ作品を読んでから先を読み進めてください。

シンプルで派手さのない捜査手法に見る物語の真意

今回の捜査は、問題のガチョウがどこから来たのかを探す旅です。ルートとしては〈ヘンリー・ベイカー氏の行きつけのパブ〉⇒〈コヴェント・ガーデン市場の家禽の卸売り店〉⇒〈ガチョウの仕入れ先〉となります。問題のガチョウが宝石を飲まされた場所を特定し、犯人を暴くという超シンプルな作戦です。

コヴェント・ガーデン市場で、ガチョウの仕入れ先を特定したホームズでしたが、仕入れ先まで出向く手間が省けます。なんとホームズたちのすぐ後に、ガチョウの行方を探す男が現れたのです。店主と話す様子から犯人であると確信したホームズは、その男をベイカー街へと連れ帰るのでした。

この事件では捜査から犯人の検挙まで、派手なところは全くありません。宝石が盗まれた現場にホームズが臨場することも、関係者に聞き込みをすることもしないのです。読む人によっては、少々地味な話だと感じるかもしれませんね。

しかし、物語はどうしてここまでシンプルなのでしょうか。クリスマスシーズンのお話であれば、ヴィクトリア朝当時でもかなり人気が集まりそうですし、もっと派手な展開にしても良かったように思えます。

その点を考えて、ひとつ気付いたことがありました。本作は、大都市ロンドンに暮らす一般の人々の姿が際立つようなストーリーになっているのです。

使丁のピータースン、帽子を落としたヘンリー・ベイカー氏、宝石泥棒の容疑者ジャック・ホーナー、商店主たちやガチョウの仕入れ先のおかみさんなど、作中にはロンドンで日々懸命に暮らす人々が次々に登場します。

クリスマスシーズンのお話だからこそ、ドイルは日ごろホームズを楽しみにしてくれている一般の人々の姿を描きたかったのではないでしょうか。

対照的に、宝石を盗まれた伯爵夫人については、直接の登場もなく、ホームズは対面すらしていません。特権階級の人々ではなく、読者の多くが身近に感じられる人々にスポットを当てることが、ドイルからの読者へのプレゼントだったとしたら素敵ですね。

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犯人を見逃すホームズ!その理由は「クリスマス精神」?

ホームズたちがベイカー街に連れ帰った犯人の名はジェームズ・ライダー。宝石が盗まれたホテル・コスモポリタンの客室係主任でした。伯爵夫人のメイドと共謀して配管工のホーナーを犯人に仕立て上げ、ガチョウの飼育をしている姉の家で、ガチョウに宝石を飲み込ませたのです。

ただ、肝心なところでガチョウを取り違えてしまい、巡り巡ってホームズの元に宝石が転がり込んだのでした。

悪事に手を染めたのが初めてだったライダーは、必死で泣いて懇願し、見逃してくれるように頼みます。ホーナーへの思いやりのなさと、肝の座っていない小悪党ぶりに嫌悪感を示すホームズでしたが、さまざまな理由から彼を許すことにします(注意しておきますが、ホームズのしたことを実際に行うと犯罪になります。今回の事件は、殺人でもなく盗品も戻りましたが、それでも犯人隠避の罪に問われてしまう重罪です)。

その理由として今回ホームズが挙げたのが、クリスマス精神でした。作中のホームズも言っているように、「クリスマスは人を許す季節」。今回のホームズはライダーだけでなく、容疑をかけられた配管工のホーナーについても深く同情しています。

宝石が自分の元にやってきたことも、事件を解明すべしという神の思し召しだと感じていたのかもしれませんね。他の短編とはまた違う人間味があって、クリスマス版ホームズという感じです。

ただ犯罪を見逃す理由の1つとして「クリスマス精神です」と説明されても、大半の日本人には疑問が残るのではないでしょうか。少なくとも個人的には、ちょっと納得がいかないというのが正直なところです。

犯人のライダーについても、「まあ、それならしょうがないね」と同情できる点があまりありません。今回は無実の容疑者が捕えられているわけですし、真犯人をちゃんと警察に引き渡した方がよかったのではないかとやはり思ってしまいます。

原作では描かれていませんが、ホーナーがその後どうなったのか本当に心配になるエンディングです。

また、今回はその場にいたワトスンに意見を聞くことなく、ホームズが独断でライダーを逃がしてしまいましたが、寒空の下を捜査に付き合ったワトスンの意見もちょっと聞いてみたい気もします。

人々を惑わす「青い宝石」があぶり出す人間性

本作は、ほのぼのとしたクリスマスミステリでありながら、人間の欲望についても深く考えさせられるストーリーになっています。前半でも述べた通り「青いガーネット」はさまざまな形で人を惑わせてきたいわくつきの宝石です。

作中でも、まじめにコツコツ働き、一流ホテルの客室係主任にまでなったライダーが罪を犯してしまっています。もちろんライダーと共謀した伯爵夫人のメイドも、その価値と魅力に支配されてしまった人物の一人でした。

出自によって身分が決まってしまう階級社会だったヴィクトリア朝。現代にも通じる点ですが、いわゆる労働者階級(ワーキングクラス)の人々にとっては、苦労の多い時代でした。そんな人々が一攫千金のチャンスを前にして、欲が出てしまうのは仕方のないことだったのかもしれません。

ここで注目したいのが、ガチョウから取り出した宝石をホームズの元へ届けた使丁のピータースン。彼は単に「律儀な男」と称されていますが、実はかなり素晴らしい人間性の持ち主です。

自分が持ち帰ったガチョウから宝石が出てきたわけですから、神に感謝して自分の物にしてしまうか、自分で警察に届けて懸賞金をもらおうとするのが普通です。それなのにわざわざホームズに宝石を見せにきて、特に権利を主張することもしないのです。

最後には宝石を取り上げられたばかりか、使い走りまでさせられてしまうのに一言の文句も言いません。彼の行動はホームズへの信頼があってこそなのでしょうが、すごく空気が読めて、私利私欲に走らない人なのだとも思います。真犯人が見つかったのは、ピータースンの欲のなさのおかげとも言えるでしょう。

災害やお金儲けのチャンスなど、とっさの時にはどうしても人間性が出てしまうものです。2020年現在、世界がコロナウィルスの脅威の中にありますが、人間性が現れるのはこういうときだと本当に思います。

果たしてピータースンのように自分本位にならずにいられるか。ライダーのように自分の欲を優先させてしまうのか。今このタイミングで再読したからこそ、そんなことを考えさせられました。

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まとめ

今回はシャーロック・ホームズシリーズの名作短編『青いガーネット』を取り上げました。ホームズシリーズをクリスマスに楽しみたい人には、ぜひおすすめしたい作品です。

ヴィクトリア朝のクリスマスシーズンの雰囲気、当時のロンドンに暮らす人々の姿を身近に感じられると思います。

私自身は、普段は特に難しく考えずに楽しんでいた作品でしたが、今回再読していろいろなことを考えさせられました。

読みなれた作品も自分が置かれた状況によって、また違った味わいがあるものです。

ぜひ何度も読み返して、自分なりに読み解いてみてください!

※物語の人物名や固有名詞の表記は、「シャーロック・ホームズの冒険(深町眞理子訳/創元推理文庫/2010年版)」「シャーロック・ホームズ全集③シャーロック・ホームズの冒険(小林司・東山あかね・高田寛訳/河出書房新社/1998年版)」を参考にしました。

【参考文献】

・シャーロック・ホームズの冒険【新訳版】(深町眞理子訳/創元推理文庫/2010年版)

・シャーロック・ホームズ全集③シャーロック・ホームズの冒険(小林司・東山あかね・高田寛訳/河出書房新社/1998年版)

・シャーロック・ホームズの冒険(延原謙訳/新潮文庫/1973年改版)

・シャーロック・ホームズ完全ナビ(ダニエル・スミス著/日暮雅通訳/国書刊行会/2016年)

・シャーロック・ホームズ大図鑑(デイヴィッド・スチュアート・デイヴィーズほか著/日暮雅通訳/三省堂/2016年)

・シャーロック・ホームズと見る ヴィクトリア朝英国の食卓と生活(関矢悦子著/原書房/2014年)

・新装版 図説ヴィクトリア朝百科事典(谷田博幸著/河出書房新社/2017年)

・シャーロック・ホームズ語辞典(北原尚彦・えのころ書房著/誠文堂新光社/2019年)

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