作者は超ダメ人間?歴史的小説『罪と罰』のあらすじや感想、内容の解説!

罪と罰 表紙ロシア近現代文学
出典:Amazon
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世界の名作家を挙げていったとき、必ずその名を呼ばれる人物の一人が「ドストエフスキー」でしょう。

彼の著作は時代を超えて読み継がれ、全世界にすさまじい影響を与えました。

しかしながら、作品が原則として長編小説の体裁を取り、内容も宗教的な色彩で彩られていることから「ちょっと難しそうだな…」と思う方も多いでしょう。

そこで、この記事では彼の代表作『罪と罰』を、なるべく分かりやすい形で解説していこうと思います!

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罪と罰の作品情報

まず、本作に関する基本的な作品情報を整理しておきます。

作者   フョードル・ドストエフスキー
執筆年  1866年
執筆国  ロシア
言語   ロシア語
ジャンル 長編小説
難易度  やや読みにくい
本作を読むうえで大切なポイントは、「帝政ロシア文学である」ということと、「政治・宗教的な要素を多分に含む」ということでしょう。
この二点が、我々にとって本作の「読みずらさ」につながってしまっているのです。

罪と罰のあらすじ(要約)

エリート意識を強くもつ若者ラスコーリニコフは、貧困にあえいだ結果として大学から除籍処分を下された。

しかし、それでも自分の中にある「非凡な才」を評価していた彼は、やがて「選ばれた人間はその成長のために社会的道徳に反する権利をもつ」と考えるように。

そこで、この考えを行動に移すべく、高利貸しとして人々の恨みを買っていた老婆を殺害し金品を奪おうと画策しました。

作戦は彼の思い通りに進行していきましたが、殺害の過程で老婆の妹と鉢合わせてしまいます。

殺人現場を目撃された以上、彼女を生かして帰すわけにはいきません。

結局罪なき妹まで手にかけてしまったラスコーリニコフは、良心の呵責に苛まれることとなりました。

さらに、警察の捜査によっても精神的に追い詰められていくことになります。

ラスコーリニコフにとっての「罪」は、果たして「罰」されることになるのでしょうか。

こんな人に読んでほしい

・学生の頃に金銭的な苦労をした

・「殺人の正当性」について考えたい

・探偵と犯人の心理戦が好き

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罪と罰の作者や時代背景、内容の解説

ドストエフスキー 写真ドストエフスキー(出典:Wikipedia)

次に、本作の作品紹介や読み方の解説を行っていきます。

ただ、この作品を理解するには執筆背景宗教的要素の把握が不可欠なので、そのあたりを中心に解説していくこととしましょう。

政治犯として帰国した作者が、実話をテーマに描いた物語

まず、本作は小説家としてうだつの上がらなかったドストエフスキーが、社会主義政治犯としてシベリアより帰国した際に描かれた物語です。

彼は流刑を経てこれまで理想としていた「空想的社会主義(要約:実現させる方法はよくわかってないけど、社会主義っていいよね!という思想)」を放棄し、ロシアの国教であるキリスト正教に基づいた思想をもつようになりました。

しかし、帰国した彼を襲ったのは不幸の連続。ギャンブルにのめりこみ女に愛想を尽かされるわ、借金は残るわ、本は売れないわ、といった有様だったのです。

そんなある時、彼は若者による金品目的の強盗殺人事件を耳にしました。

そのニュースを聞いて「これだ!」と思ったドストエフスキーは、事件発生から1年足らずで本作を書き上げることになります。

ヒューマニズムの裏に社会主義に対する批判が込められた作品

かつてドストエフスキーが政治犯として罪を着せられたように、当時の帝政ロシア国内では社会主義の機運が高まりつつありました。

しかし、彼はシベリアの地で思想を変化させ、キリスト教的な精神に基づいた作風を志すようになっていたのです。

こうした文脈で生み出された本作には、表向きの単純な「善と悪」「殺人の正当性」「犯罪者の心理描写」といった要素の裏に、宗教的な背景が隠されています。

ここから先は難しい話になってしまうので詳しくは述べませんが、『聖書』をモチーフにしたと思われるメッセージをいたるところで発見できる以上、本作を宗教小説と呼んでも差し支えないのではないでしょうか。

そして、言うまでもなくこれは当時流行していた空想的社会主義に対するアンチ・テーゼであり、理想主義に対して現実を見せつけている物語とも評することができるでしょう。

ただし、ミッションスクールで学んでいる方でもなければ、我々日本人がそうしたモチーフに気づくことは決して簡単ではありません。

そのため、背景にある宗教観を一切理解できなかったとしても、実はそれほど作品を読むのに支障がなかったりします。

表向きの要素だけでも十分に面白く読めるので、分からなければ完全に無視してしまうのも一つの手でしょう。

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長く、登場人物が多く、言葉も難しく読むのは簡単ではない

ここまでは本作執筆に至った背景や政治・宗教的要素を解説してきましたが、話は変わって実際に読むうえでの読み方に関するポイントを指摘しておきます。

まず、この作品は言うまでもなく「長編小説」にカテゴライズされ、上下2巻・1000ページ程度の文量を読み込まなければなりません。

また、長編小説特有の「登場人物の多さ」にも悩まされることになるでしょう。本作は特に登場人物が多く、加えて我々にとって慣れないロシア語の名前を脳内で整理しなければなりません。

さらに、主役級のキャラになるとその名前も「姓名」「名前のみ」「あだ名」などのパターンに分類され、油断しているとすぐに登場人物を見失ってしまいます。

極めつけは「言葉の難しさ」です。世界的文豪の作品だけあって、文章はダイナミックですが回りくどい表現や小難しい単語も少なくありません。

したがって、本作を読むにはある程度気合を入れてチャレンジするくらいの気持ちが必要でしょう。

ただ、工夫次第では多少読みやすくすることも不可能ではありません。その対策をまとめておくと、以下のようなものが考えられます。

・なるべく新しい年代に翻訳された書籍を読む

・一気読みしようとしないで1日数十ページ単位で読む

・登場人物の一覧表や相関図を手元で見ながら読む

・どうしても厳しそうなら漫画や映画で本作を知るという手段を考える

特に、訳書の執筆年代はよく確認するようにしてください。図書館などによっては1960年代以前に翻訳された訳書が置いてあることは珍しくなく、そこに手を出してしまうとただでさえ難しい作品が輪をかけて難解になっていきます。

そのため、私としては「新潮社から発売されている1987年版」または「光文社から発売されている2008年版」をオススメしたいところです。

また、「内容に興味はあるけれど、どうしても読んでいられない…」という場合は、無理に小説にトライしないで漫画や映画でストーリーを知るのもアリでしょう。

強引に読んで本を嫌いになってしまっては元も子もありませんからね。

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