『大いなる遺産』の感想(ネタバレ有)
さて、いよいよここからは感想に入っていきたいと思います。
『大いなる遺産』のストーリー的な特徴は、万人に分かり易い冒険譚のようなストーリーと、社会批判的な思想が両立しているという点だと考えられます。
分かりやすい冒険譚とノスタルジー
この作品は、とにかく様々な点が分かり易いです。この時期の洋書という点で、私も少し身構えて読み始めたのですが、良くも悪くも本当に分かり易い。
悪人は悪人、好人物は好人物としてハッキリと描かれ、人物の特徴も際立っています。
これが示すのは、フィクション的な要素が全面に押し出された小説ということです。
そういった点から、ある意味では「リアリティがない」と表現することもできます。ここは好みがわかれるところですね。
そして、少年ピップは、結局のところ金を湯水のように使い果たし、堕落した青年へと姿を変えていく。
この作品では、そうした表面的な拝金主義を批判し、「純真な」心をもつ登場人物が、好人物として描かれています。これは、前ページでも触れたヴィクトリア期の世相を大きく反映しているのでしょう。
文体は少し硬く、比喩表現も神学的であったりと、やや大味なところはありますが、時折かなりの良文が顔をのぞかせます。
筆者は岩波の翻訳(石塚裕子訳)を読んだのですが、現代的に分かりづらい点には丁寧に注釈がつけられていたので、それほど気にならずに読めました。
そして、この作品最大の魅力は、一言で表すなら「ノスタルジー」ではないでしょうか。
初めの村で暮らすパートが長めに設定されていることで、ロンドンの現実を映すシーンがあるたびに、ピップ同様読者も古き良き時代を思い返すことができます。
また、ピップと村の人々が、しだいによそよそしくになっていく様子も、哀愁を感じられてよかったです。
書き換えられたエンディングにはやや不満も
個人的にラストシーンには少し不満が残りました。まず、恩人の正体であった脱獄囚人マグウィッチの国外逃亡を手伝うのですが、逃亡計画を推し進める中で彼の人間性に感化され、しだいに愛着をもつようになります。
しかしながら、最終的に計画は失敗し、マグウィッチは死に、ピップに預けられていた資金も裁判によって没収されます。
こうして路頭に迷ったピップは、村へ戻って自分を好いていたビディと結婚し、ふたたび時計の針を進めることを決断します。しかし、村へ戻ったその日は、なんとビディとジョーの結婚式当日でした。
その11年後、ふたたび村へと帰ったピップは、かつてエステラと対面した屋敷へと足を向けます。
すると、そこには偶然エステラがいたのです。聞くところによれば、エステラの夫は亡くなり、未亡人となっていました(作中で、エステラはピップの求愛を全面的に知ったうえで、彼女に求愛した男の中で最も下等と思われる男と結婚しています)。
再会したエステラは、今までよりもずっと思いやりにあふれる女性となっており、ふたたび二人で歩んでいくことを示唆しました。
当初、このエンドはこういった形ではなく、バッドエンドとして出版されたそうです。しかし、ディケンズがそれを後に修正しました。
個人的には、バッドエンドの方が筋は通っていたような気がします。エステラは作中で自身のことを「心が通っていない、冷酷な女」と称しています。
実際に、その「異名」に違わぬ振舞いをみせるわけですが、「それほど冷酷な女性が心変わりをする心境の変化にあまり説得力がない」とつい思ってしまうからです。
まとめ
今回は、小説『大いなる遺産』をとりあげて紹介してきましたが、いかがだったでしょうか。
確かに、近代以前の小説という性質上、古さがあることは否めません。
しかし、「背伸びをして分かる故郷への憐憫」といった感情は、時代や国を問わずに共通する部分なのではないかと思います。
興味を持った方は、ぜひ読んでみてください!
コメント