ディケンズの描く冒険譚!『大いなる遺産』のあらずじや感想、考察(ネタバレ有)

大いなる遺産 表紙イギリス近世文学
出典:Amazon
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さて、本日はイギリスの大作家チャールズ・ディケンズが19世紀に執筆した歴史的小説大いなる遺産のあらすじ・感想を書いていきたいと思います。

本作は執筆されてから既に150年以上が経過していますが、今でも本国イギリスをはじめとする世界中の国家で愛される小説。

そのため、ここでは時代を超えて愛される本作の魅力を伝えていければ幸いです。

それでは、さっそく本編に参りましょう。

この記事はネタバレを含みます
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『大いなる遺産』のあらすじ

ロンドン橋

イギリスの片田舎に住む少年ピップは、養育を担当する姉ミセス・ガーチャリーとその夫である鍛冶屋のジョーと三人で暮らしていた。

決して裕福とはいえず、また上品でもない一家であったが、学はなくとも人間的魅力にあふれたジョーとの友情もあり、大きな不満のない生活を送っていた。

しかし、町の離れに住む朽ち果てた大金持ちミス・ハヴィシャムの邸宅に招かれ、そこでハヴィシャムの養女エステラに出会う。

そこでエステラはピップの振舞いが下品であり、紳士的でないことをなじる。

しかしながらエステラは底知れぬ魅力をもった女性であり、やがてピップは彼女に心惹かれるようになった。

そして、ピップはエステラにふさわしい人間になる、つまりイギリス流に言えば「紳士」になることを誓うのだった。

すると、今まではそれほど不満に感じていなかった「品のない」家族の振舞いがとたんに我慢ならないものと感じられるようになった。

それからというもの、ピップにとっての周りの世界はその輝きを失っていった。

そんな折、突然ロンドンから弁護士を名乗る男ジャガーズがピップのもとを訪ねた。

ジャガーズ曰く、ピップには成人後に「大いなる遺産」を得る権利があり、紳士としての振舞いを学ぶためにロンドンへ移住することを勧められる。

当然強い興味を示すピップであったが、ジャガーズはあくまで冷静であった。

その理由は、ジャガーズはあくまで代理人にすぎず、財産の持ち主はその正体を明かすことを良しとしなかったために彼が派遣されていたからだ。

この誘いに対し、ピップは二つ返事でロンドン行きを承諾する。

ジョーとピップが成長する間に暴漢に襲われ、働くことができない姉ガーチャリー、さらにはガーチャリーの代理の労働力として家政婦を務めていたビディを村へと残し、そそくさとロンドンへと旅立つのであった。

この決断が、ピップの運命を大きく狂わせることになるとは知らずに…。

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ディケンズの生涯と『大いなる遺産』の感想

ディケンズ 肖像画出典:Wikipedia

まず、『大いなる遺産』の感想を語るためには、ディケンズの生涯を語らねばなりません。

なぜなら、晩年に出版された『大いなる遺産』は、彼の自伝的小説という性格をもっているからです。

ディケンズの生涯

ディケンズの生涯については、小説に関係する部分を『日本大百科全書』より引用して紹介します。

ディケンズ
でぃけんず
Charles John Huffam Dickens
(1812―1870)

イギリスの小説家。2月7日、海軍経理局勤務の下級官吏の長男として南イギリスの軍港ポーツマス郊外に生まれ、のちロンドンに移住した。

父のジョンは好人物だが金に締まりがなく、借財の不払いで投獄されたこともある。

そのためディケンズは少年時代から貧乏の苦しみをなめさせられ、学校にもほとんど通わせてもらえず、12歳から町工場に働きに出された。

資本主義の勃興(ぼっこう)期にあった19世紀前半のイギリスの大都会では、繁栄の裏に恐ろしい貧困と非人道的な労働(年少者の酷使など)というひずみがみられた。

こうした社会の矛盾、不正を肌で体験したディケンズは、貧乏の淵(ふち)から抜け出そうと自力で必死の努力を重ね、独学で勉強しながら15歳で弁護士事務所の下働き、翌年裁判所の速記者となり、やがて新聞記者となって議会の記事や、風俗の見聞スケッチを書くようになった。

1833年に短編をある雑誌に投稿して採用されたのに力を得て、引き続き短編、小品などをあちこちの雑誌類に発表、これらを集めた『ボズのスケッチ集』が36年に出版されて、24歳の新進作家が華々しく文壇にデビューした。

出典:コトバンク

いかがでしょうか。

『大いなる遺産』を読んだことがある方なら「あの部分はこの経験に由来しているのか」とピンとくるかもしれませんね。

『大いなる遺産』の感想(ネタバレ有)

さて、いよいよここからは感想に入っていきたいと思います。

まず、『大いなる遺産』のストーリー的な特徴は、万人に分かり易い冒険譚のようなストーリーと、社会批判的な思想が両立しているという点だと考えられます。

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分かりやすい冒険譚とノスタルジー

この作品は、とにかく様々な点が分かり易いです。この時期の洋書という点で、私も少し身構えて読み始めたのですが、良くも悪くも本当に分かり易い

悪人は悪人、好人物は好人物としてハッキリと描かれ、人物の特徴も際立っています。

これが示すのは、フィクション的な要素が全面に押し出された小説ということです。

そういった点から、ある意味では「リアリティがない」と表現することもできます。ここは好みがわかれるところですね。

そして、少年ピップは、結局のところ金を湯水のように使い果たし、堕落した青年へと姿を変えていきます。

この作品では、そうした表面的な拝金主義を批判し、「純真な」心をもつ登場人物が、好人物として描かれています。これは、ヴィクトリア期の時世をよく表しているようにも思われます。

文体は少し硬く、比喩表現も神学的であったりと、やや大味なところはありますが、時折かなりの良文が顔をのぞかせます。

筆者は岩波の翻訳(石塚裕子訳)を読んだのですが、現代的に分かりづらい点には丁寧に注釈がつけられていたので、それほど気にならずに読めました。

そして、この作品最大の魅力は、一言で表すなら「ノスタルジー」ではないでしょうか。

初めの村で暮らすパートが長めに設定されていることで、ロンドンの現実を映すシーンがあるたびに、ピップ同様読者も古き良き時代を思い返すことができます。

また、ピップと村の人々が、しだいによそよそしくになっていく様子も、哀愁を感じられてよかったです。

書き換えられたエンディングにはやや不満も

ただ、個人的にラストシーンには少し不満が残りました。まず、恩人の正体であった脱獄囚人マグウィッチの国外逃亡を手伝うのですが、逃亡計画を推し進める中で彼の人間性に感化され、しだいに愛着をもつようになります。

しかしながら、最終的に計画は失敗し、マグウィッチは死に、ピップに預けられていた資金も裁判によって没収されます。

こうして路頭に迷ったピップは、村へ戻って自分を好いていたビディと結婚し、ふたたび時計の針を進めることを決断します。しかし、村へ戻ったその日は、なんとビディとジョーの結婚式当日でした。

その11年後、ふたたび村へと帰ったピップは、かつてエステラと対面した屋敷へと足を向けます。

すると、そこには偶然エステラがいたのです。聞くところによれば、エステラの夫は亡くなり、未亡人となっていました(作中で、エステラはピップの求愛を全面的に知ったうえで、彼女に求愛した男の中で最も下等と思われる男と結婚しています)。

再会したエステラは、今までよりもずっと思いやりにあふれる女性となっており、ふたたび二人で歩んでいくことを示唆しました。

当初、このエンドはこういった形ではなく、バッドエンドとして出版されたそうです。しかし、ディケンズがそれを後に修正しました。

個人的には、バッドエンドの方が筋は通っていたような気がします。エステラは作中で自身のことを「心が通っていない、冷酷な女」と称しています。

実際に、その「異名」に違わぬ振舞いをみせるわけですが、「それほど冷酷な女性が心変わりをする心境の変化にあまり説得力がないとつい思ってしまうからです。

まとめ

今回は、小説『大いなる遺産』をとりあげて紹介してきましたが、いかがだったでしょうか。

確かに、近代以前の小説という性質上、古さがあることは否めません。

しかし、「背伸びをして分かる故郷への憐憫」といった感情は、時代や国を問わずに共通する部分なのではないかと思います。

興味を持った方は、ぜひ読んでみてください!

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