嵐が丘の感想・考察(ネタバレ有)
ここからは、本作に関する考察を含めた感想を述べていきたいと思います。なお、記事の構成上多くのネタバレを含みますので、その点はご了承ください。
好き嫌いや偏見のある語り手・ネリーの証言には間違いも多い
自称人間嫌いだが実はミーハーなロックウッド。彼から頼まれる形をとって、家政婦のネリーによる回想を中心に物語は進みます。
ネリーだけが登場人物の過去、現在の全貌を見ているのですが、客観的に登場人物を捉えているかのようで実はそうでもないのが特徴です。ネリーは善良な家政婦に映る場面も多いですが、反面、好き嫌いが強いのも否めません。
キャサリンを「ヒステリックで我がままな小娘」と位置づけて語っているわけですから、キャサリンが読者に嫌われるのはネリーのせいでもあるのです。
さらに、ヒースクリフに偏見をもっている描写も見られます。ヒースクリフの乱暴な態度や言葉遣いを考えるとそれも仕方のないように思いますが、中立であるべき語り手として優秀ではありません。
加えて、賢い女性とは言えないために意図的に事実を隠すなど、ネリーの語り方による物語への影響は甚大なのです。
登場人物も多い上に人間関係も難解なため、「読みにくく奇々怪々な小説」と言われる理由はここにあるのでしょう。
私も初めて読んだ時はキャサリンのせいで周りが皆不幸になっていると信じて疑いませんでした。確かに彼女は向こう見ずで意地っ張りです。ですが同時に、愛されて育った人特有の自己肯定感の強さ、真っ直ぐな明るさも有しているのです。
キャサリンの本質が見えてくると、恐れを知らない彼女の性格に強く惹かれ始めます。
超重要人物・ヒースクリフが繰り広げる「救いのない復讐劇」
ヒースクリフは、本作において最も重要な人物です。
先ほども説明したように、彼はキャサリンの父であるアーンショウ家の当主が保護してきたジプシーのような孤児でした。髪も肌も真っ黒で、と表現されているようにキャサリンたちとは異質の存在です。
では、そもそもヒースクリフとは一体何者なのでしょうか?残念ながらその出生については作中にヒントが少なく、謎を解き明かすことはできません。
しかし、彼が粗暴な性質を抱えていたことは確かです。その上、アーンショウ家の環境はヒースクリフをさらに良からぬ方へと導きます。
作中、ヒースクリフは結婚したイザベラから「悪魔」と表現されています。作者の姉であるシャーロット・ブロンテも、本作を読んで「彼は人間ではない」と言い放ったそう。
私も、「息を吐くように暴言を吐き、暴力的で極めて非人道的なことばかり。ゆえに稚拙な人間かと思いきや、計算高く復讐を繰り返す」ヒースクリフの姿は不気味に感じます。
ところが、それでいて復讐の原因となったキャサリンには何も手出しをしていないのです。ヒースクリフ、かなり歪んでいます。
ここは、エドガーと結婚することで自分とヒースクリフをも救おうとしたキャサリンと、孤独だったヒースクリフの姿を考えれば行動の意味が見えてくるでしょう。
彼による攻撃的な行動は、裏返せば「自分を認めて欲しい」という強い感情を示しているのだと思います。
私は、愛する人を失い、亡霊に取り憑かれて狂っていくヒースクリフを見ると哀れに思います。痛む心をもっている彼を「人間らしくない」とは考えられません。
だからこそ、本作はヒースクリフにしてみれば救いようのない悲劇であり、恋愛を超越した「復讐劇」なのだと私は考えます。
作者の宗教観念が織り込まれたキリスト教文学でもある
唐突ですが、あなたは「魂」について考えたことがありますか?
キャサリンは、作中で魂や魂の行方についてしばしば口にします。ヒースクリフも天国や地獄について語っていますし、キャサリンの亡霊が見えたのも魂の存在を信じたからです。
また、作中ではキャサリンを筆頭に多くの登場人物が死を迎えるわけですが、エミリーの描く死は不思議と心を打つもの。本作を読めば、悪魔のような行いを繰り返してきたヒースクリフでさえ、憎悪から解放され安息を得たと感じられてしまいます。
これは、作者のエミリーが幼少期に母と姉二人を亡くしている経験から、「生も死も尊い」という死生観をもっていたためではないかと推測できます。
以下は、キャサリンがヒースクリフについて語る有名な一節です。
彼の方があたし以上にあたしだからなのよ。魂というのは何でできているのか知らないけど、彼の魂とあたしの魂は同じなのよ
ここからも、牧師の家に生まれてキリスト教を強く信仰したエミリーの死生観が伝わってきます。
実際、他にも聖書の一節が全編にわたって引用されています。エミリーは「魂を愛以上に重要なもの」と捉え、同時に「信仰こそ救い」と信じていたはずです。
最後に、キャサリンの夫・エドガーがその娘・キャシーに遺した美しい言葉をご紹介します。
私は、あの人のところへ行くよ、愛しいお前も、あとからおいで
儚く、それでいて不幸に屈しない台詞に深く感銘を受けます。私は現在子供をもつ母親の立場なのですが、自分に死期が近づいたら引用して我が子に残そうと誓うほど。
魂や死後の世界への思想が執筆された本作はエミリーの宗教観念が織り込まれた作品であり、まさしくキリスト教文学とも言えるでしょう。
まとめ
今回はエミリー・ブロンテの唯一の長編小説である嵐が丘をご紹介しました。「復讐」というテーマが重いうえに、本作は作者の意図するところが理解しにくい作品であります。
しかし詩を深く愛し、200篇近く遺したエミリーが本作の其処此処に詩的な一節を散りばめており、非常に美しい文体で進む物語は魅力的。
ヒースクリフの復讐劇がどのような形で終わるのか、ぜひ本作を手に取って、その結末を見届けて見てください!
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