カミュの描く小説『ペスト』は私たちの直面する新型コロナウィルスの危機を先取りした傑作!

ペスト アイキャッチ フランス近現代文学
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新型コロナウィルスが猛威を振るい、社会が混乱に陥っている昨今。世界中で感染が拡大し、外出制限や日常品の不足、果ては2020年開催予定の東京オリンピックについても来年夏を期限に1年程度の延期が決定しました。

正直なところ、私自身はここまで大変なことになるとは予想だにしていませんでした。おそらく、多くの人がそうではないでしょうか。

ところが、このような状況をいち早く予想していたかのような古典文学が、実はあるのです。ノーベル文学賞作家、アルベール・カミュの小説『ペスト』は、まさに現代の私たちが直面する危機を先取りした傑作だといえるでしょう。

実際、感染症の流行後に本作が飛ぶように売れ、その様子がニュースにもなりました。今回は、昨今話題のこの作品について解説をしていきます。

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『ペスト』の作品紹介

作者 アルベール・カミュ
執筆年 1947年
執筆国 フランス
言語 フランス語
ジャンル 長編小説
読解難度 読みにくい
電子書籍化
青空文庫 ×
Kindle Unlimited読み放題 ×

『ペスト』の簡単なあらすじ

舞台はフランス領であるアルジェリアの港町オラン。4月16日の朝、ここに暮らす医師のリウーは、診療室から出ようとして階段の途中のねずみの死骸につまずいてしまう。

これこそ正に、これからオランを襲う恐ろしい病・ペストの前触れだった。リウーをはじめ、町の人々は誰も気にも留めなかったが、病は静かに広がり、次第に大きなうねりとなる。誰もがペストに気づいた頃には、もはやその猛威は止められない勢いとなっていた。

ペストに脅かされる人々や町の有様を、筆者と名乗る人物が記録として克明に描いていく。

こんな人に読んでほしい

・重厚な文学と格闘したい

・不条理な物語を味わいたい

・新型コロナウィルスが心配だ

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『ペスト』の作者や病気そのもの、描かれる不条理を解説!

ここからはこの作品『ペスト』についての解説に入ります。この作品は伝染病ペストに襲われる人々について書いていますが、実は「それ以外の何かを描いている」と言われてもいます。

そのあたりにも触れつつ、作者やペストについても見ていきます。

貧困の生まれながら実に多彩な経歴をもつカミュ

作者・アルベール・カミュは、1913年にフランス領のアルジェリアで生まれました。

カミュ 写真カミュ(出典:Wikipedia)

小説家・劇作家として活躍しましたが、その思想の深さから哲学者としての側面もあり、レジスタンスとして活動したことから戦闘的ジャーナリストと呼ばれることもあるようです。なかなかたくさんの顔を持っていますね。

しかしそれもそのはず。彼の父親は農場労働者であり、生育環境はまさか後にノーベル文学賞作家が誕生するような知的に恵まれたものではありませんでした。また、この父親はカミュが幼いころに第一次世界大戦に従軍し戦死しており、カミュは父親不在で貧しい生活のもと育ったのです。

ただ、幼いころから才能はあったようで、小学校時代の教師がカミュの才能を見抜き、進学を勧めました。このおかげで当初は行く予定のなかった中学校へ奨学金を得て進学することができ、カミュは生涯このことを恩に感じていたそうです。

その後、アルジェリアのアルジェ大学哲学科を苦学の中卒業し、自動車部品販売人、船舶仲介人、市の職員、教師、新聞記者など本当に様々な職を経験しました。

また、第二次世界大戦時にはフランスが占領される中、地下活動で機関紙を発行したり、共産党の活動に加わったりしています。

時代性があったにせよ、「本当に一人の人間か!」と言えるほど、多彩な経験をしているんですね。

このような経験が実を結んだのでしょうか。カミュは独自の思想を積み上げ、多くの文学作品を書き上げるとともに、43歳という(大戦後の)史上最年少という若さでノーベル文学賞を受賞しました。

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世にも恐ろしい病気「ペスト」

作品のタイトルにもなっている感染症「ペスト」。名前くらいは聞いたことがあると思いますが、実際のところはどんな病気なのでしょうか。

ペストは別名を黒死病(こくしびょう)とも言います。この病気にかかると40℃もの高熱を発し皮膚が黒く変色した後、数日の間に亡くなってしまうと言われています。致死率も高く50%~70%(一説には90%とも)と言われ、伝染力も非常に強く、大変恐ろしい病気です。

現在では、医学の進歩により治療が可能ですが、過去には何度か大流行を起こしており、そのたびに多くの命が失われました。流行に立ち向かうべく生まれた「奇妙なくちばし型のマスク」は有名ですが、残念ながらペストの予防にはほとんど効果がなかったとされます。

ペスト マスクペスト医師のマスク

なかでも14世紀の大流行の際は、1億人が亡くなった(当時の人口は4億~5億人と言われています)とされ、町や村が壊滅した話も残っているほど。

本作では、このような恐ろしい病気が平穏な街をおもむろに脅かす様が描かれているのです。

ポーランドではペストが広まらなかった?

恐ろしい感染症であるペストですが、現代を生きる我々にとって教訓になる話を残してくれました。

実は、14世紀の大流行の際に多くの国や町が被害を受ける中、ただ一国ポーランドだけはペストが広まらなかったそうです。

その原因はポーランドの清潔好きの国民性にあるとか。なんでも、ポーランドの人々は食器をお酒で消毒したり、わきや足を消臭する習慣があったそうなのですが、これが大きく作用したようなのです。

現在の新型コロナウィルスの拡大も、世界に比べれば日本は比較的うまく抑えられているという見解もあります。今後感染爆発を引き起こすことは否定できませんが、日本の清潔好きが幸いしている可能性も十分に考えられます。

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カミュの描く「不条理」という真のテーマ

この解説の中で、私は、この作品が「ペストについて書きながら、ペスト以外について描いている」と書きました。しかし、「え?なんだよそれ?」と思われるかもしれませんね。

実は、この「ペスト以外の何か」というのがカミュの本当に描きたかったことで、それこそがカミュの文学についた語る際に必ず登場する「不条理」という言葉なのです。以前に紹介したカミュの代表作『異邦人』でも重要なテーマとして描かれており、記事内でも解説を加えてきました。

本作の場合、どのように「不条理」を描いたかといえば、カミュは「ペストに襲われる人々について書くことで、間接的に人間を取り巻く哀しい不条理を描きたかった」と表現できます。

しかしながら、思えばそもそも「不条理」とはどのような言葉なのでしょうか。一般的な解釈と、カミュ独自の捉え方を考えてみましょう。

まず、不条理とは不幸とは違います。「どんなに頑張ってもうまくいかない。人間とは不幸になるしかない存在だ」。このような考えもあるにはありますが、これはいわゆるニヒリズム。カミュはこのようには考えてはいないようです。

カミュは、この不条理を「人生と世界の無根拠性」と考えました。

正直に言いますが、私もカミュの不条理というのがよくわからなくて困ってしまい、何冊か参考になる本を読んでみました。この言葉は、その中で登場した表現です。

ところがどっこい。「人生と世界の無根拠性」なんて言われても、何のことやらよくわかりません。本では、続けて読むとこのようにありました。

「カミュによれば、人間は世界の偶然性を超えることができない」

やはり難しい! もうお腹いっぱいの感がありますが、もう少しだけ頑張って考えてみます。

私たちは、何かが起こるときに、そこには当然理由があると考えます。

ある人が成功するのは、その人が一生懸命頑張ったから。ある人が病気になるのは、その人が不健康な生活をしていたから…と。

このようなことは納得しやすいのではないでしょうか。そして、これと反対なことが起これば道理に合わないと感じます。

ある人は一生懸命頑張っていたのに会社が倒産してしまい職を失った。いい加減に生きていた人が突然宝くじを当ててお金持ちになった。

このようなことが起これば「おかしい!」と思い、怒りを覚えるかもしれません。

ですが、現実にはどうでしょうか。上の例のように道理に合うことも多いですが、下の例のように、道理に合わないと思うことも意外に少なくないのではないでしょうか。

カミュの言う「人間は偶然性を超えることができない」とはこのようなことを述べているのではないかと思います。

世の中は「不条理」だからこそ素晴らしい

本作には「不条理」がこれでもかと描かれています。こんなことを聞くと、「そんな冷たい物語なんて読みたくない!」と思われるかもしれませんね。

確かにカミュは不条理を世界の真実として、これでもか!という程描いています。しかしながら、その一方でカミュ自身「不条理であるがゆえに、人間はよりいっそう良く生きることができる」と主張しているのです。

本作には「世の中思った通りにはいかない。でも、だからこそ頑張って生きていこう」というカミュなりのメッセージが込められています。

実際、皮肉なことですが「失敗の存在こそが成功の喜びを与えてくれる」という側面はあります。例えば、ゲームをプレイする際にチートを使って主人公を最強にして、最強装備を手に入れて無双したとしましょう。確かに最初は楽しいかもしれませんが、恐らくやりがいがなくなって飽きてきてしまいます。

しかし、あえて主人公を最弱の状態から成長させず、困難な道を創意工夫で乗り切って攻略するのは楽しいもの。条件を比べれば、上の例のほうが恵まれているのは明らか。ところが、何度も何度も理不尽な目に遭いつつ、それを乗り越えていくことで初めて得られるのが充実感なのです。

私たちの身近にも「不条理であるがゆえの素晴らしさ」は隠されています。

※続きは次ページへ!

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