みなさんは、アガサ・クリスティーの作品を読んだことがありますか?
「名前は聞いたことがあるし、映像化作品も知っているけれど、意外に小説は読んでこなかった」という人も多いかもしれません。
作家として活躍した期間が長かったアガサ・クリスティーは、作品数も膨大なため、何から読めばいいかわからないということもあるでしょう。
そんな方におすすめなのが、未読の方にはぜひぜひネタバレ前に読んでいただきたい一冊、『そして誰もいなくなった』です!
今回は前半で著者や作品の背景情報を、後半でネタバレありの考察をしていきます。
「孤島」「クローズドサークル」「見立て殺人」の要素が盛り込まれ、ミステリとしてのエンタメ性にも優れたクリスティーの代表作の世界をぜひ一緒に楽しみましょう!
『そして誰もいなくなった』の作品情報
作者 | アガサ・クリスティー |
---|---|
執筆年 | 1939年 |
執筆国 | イギリス |
言語 | 英語 |
ジャンル | ミステリ |
読解難度 | 読みやすい |
電子書籍化 | 〇 |
青空文庫 | × |
Kindle Unlimited読み放題 | × |
本作は、言わずと知れたミステリの女王、アガサ・クリスティーの代表作。
アガサ・クリスティー(出典:Wikipedia)
作者本人もお気に入りの作品の一つにあげており、世界中の作家やミステリファンに読み継がれてきた名作です。
ほかのクリスティー作品同様、会話や心理描写が多く読みやすいので、あっという間に読めてしまいます。
シリーズ作品ではないため、はじめてクリスティーに挑戦したいという方にもおすすめです!
『そして誰もいなくなった』の簡単なあらすじ
南デヴォンの海岸沿いに浮かぶ孤島、“兵隊島”。
かつては有名なお金持ちが所有していたことでも知られるその島に、年齢も職業もバラバラの10人の男女が集められます。
島に建てられたモダンな邸宅に滞在することになった彼ら。島の名になぞらえてなのか、それぞれの部屋には10人の兵隊が登場する古い童謡の歌詞が、ダイニングルームには兵隊の人形が10体飾られていました。
しかし、島の持ち主であり、10人を集めた張本人であるオーエン夫妻は現れる気配がありません。夫妻に雇われたはずの執事夫婦と秘書でさえ、夫妻には一度も会ったことがないと言います。オーエン夫妻は不在のまま、執事夫婦は新しい主人の指示通りに残りの8人をもてなすのでした。
8人がおいしいディナーですっかりくつろいだ雰囲気になったころ、どこからともなく不気味な声が。声は集まった10人それぞれの過去の罪を告発して消えてしまいます。
10人は過去に葬り去った出来事について潔白を確かめ合いますが、その夜から、1人また1人と命を奪われていくことに・・・。
孤島を舞台にしたクローズドサークルものであり、クリスティーお得意の見立て殺人の代表作としても名高い、古典ミステリの傑作です!
こんな人に読んでほしい!
・クリスティー作品を読んでみたい
・海外ミステリの代表作を一通り読みたい
・クローズドサークルもののミステリが好き
『そして誰もいなくなった』の作者や舞台、トリビアの解説!
言わずと知れたミステリの女王、アガサ・クリスティーの生涯
アガサ・クリスティーは、1890年にイングランドの南西部トーキーで生まれました。幼い頃には一人で遊ぶことも多かったようで、家にある本を読んだり、オリジナルの物語を頭の中で作り上げたりと、創造力をのびのびと発揮していました。
のちのミステリ作家への基礎がこの時代にすでに築かれていたのかもしれません。
クリスティーにミステリ小説を教えたのは11歳年の離れた姉のマージ。クリスティーは、姉に勧められたホームズシリーズなどをきっかけにミステリの世界にハマり、自分でもミステリ小説を書いてみたいとまで思うようになりました。
しかし、その気持ちをマージに一蹴されたことから、かえって「絶対に書く!」という思いを強くしたと、のちに自伝で語っています。
第一次世界大戦がはじまった1914年に軍人のアーチボルド・クリスティーと結婚。戦時中は篤志看護師として病院に勤務し、うち2年間は薬局で助手をしながら薬剤師の資格を取るべく学んでいます。
1920年に発表した初の長編小説『スタイルズ荘の怪事件』をはじめ、クリスティー作品で用いられた殺害方法として、最も多いのが毒殺でした。このことからもわかるとおり、このときに得た薬の知識はのちの作品作りに大いに役立ったようです。
私生活では子どもにも恵まれ、出した小説は大ヒットするなど、一見順風満帆に見えたクリスティーの人生。
しかし、1926年、母親の死や夫の浮気など辛いことが重なり精神的に不安定になったクリスティーは失踪し、一時期行方不明になってしまいます。
同年に発表した『アクロイド殺し』が話題となり、女流ミステリ作家として注目されていたことから、当時マスコミにも事件は大きく取り上げられました。
幸いなことにすぐに発見されたクリスティーでしたが、この事件の2年後には夫と離婚。なかなか筆が進まなくなるなど、作家としてもつらい時期を過ごしています。
クリスティーの発見を知らせる当時の報道(出典:Wikipedia)
1930年に14歳年下の考古学者マックス・マローワンと再婚。夫の仕事を手伝いながら、ポアロやミス・マープルなど、人気シリーズを中心に次々と作品を発表し、絶頂期だった1939年に『そして誰もいなくなった』を世に送り出しました。
1976年に85歳で亡くなるまで、精力的に執筆活動を続けたクリスティー。生涯に発表した作品は、別名義のものも含めて100以上に上り、今も世界中で読み継がれ研究されています。
その功績をたたえて生前には大英帝国勲章(デイム)も授与されており、イギリスが世界に誇る国民的作家の一人として、歴史にその名を刻む存在となりました。
クリスティーの描く「見立て殺人もの」の代表作
本作は、クリスティーの作品の中でも「見立て殺人もの」の代表として名高い作品です。それゆえに、「ファンではないがタイトルだけは耳にしたことがある」という人も多いのではないでしょうか。
作中で、10人それぞれの部屋に飾られていた童謡「十人の小さな兵隊さん」は、マザーグース(英語で語り継がれてきた童謡)の「テン・リトル・インディアンズ(10人のインディアン)」をもとにして作られたもの。
作品タイトルの「そして誰もいなくなった」も、童謡の歌詞の引用です。
最初に作品が発表されてから、何度も改変を重ね、現代版の童謡の歌詞はクリスティーオリジナルのものになっています。
この童謡は、物語の中で大きく2つの役割を担っています。1つは、童謡の歌詞になぞらえた形で殺されていくという「見立て」そのものの役割。童謡に見立てた形で事件が展開されていくがゆえに、本作は「見立て殺人もの」と呼ばれるのです。
もう1つの役割は、よく知られた童謡の筋書き通りに事件を展開することで、被害者たちに心理的なプレッシャーを与えること。
童謡の歌詞と殺され方の関連性から、登場人物たちは自分たちが一連の殺人計画のターゲットにされていることに気づき、徐々に精神的に追い込まれていくわけです。
次は誰がどんな風に殺されてしまうのかという緊張感は、物語が進むにつれて高まっていき、読者をもその渦に巻き込んでいきます。
ほかにミス・マープルシリーズの『ポケットにライ麦を』でも、マザーグースの見立て殺人ものを楽しむことができます。
また、見立てという形以外にもマザーグースの要素が盛り込まれたクリスティー作品は多くあり、名探偵ポアロシリーズの『愛国殺人』や『五匹の子豚』などがよく知られています。
いずれもマザーグースの知識を持って読むとより楽しめる作品です。
実在の孤島をモデルにした事件の舞台「兵隊島」
物語の舞台となる「兵隊島」には、モデルとなった実在の島が存在します。
その島の名前はバー・アイランド。アガサ・クリスティーが生まれ育ったトーキーからほど近い場所に浮かぶ孤島です。
自身にとって身近な場所を物語の舞台に据えるのを好んだというクリスティー。
後年トーキーとバー・アイランドの中間にあたる地に、グリーンウェイ・ハウスという屋敷を購入しています。
作中の兵隊島は本土からの船以外ではアクセスできないという設定になっていますが、バー・アイランドへは、干潮時にはなんと歩いて渡ることができます。
アクセスが容易なことに加え、島の名前を冠したホテルでの滞在を楽しめるということもあり、クリスティーに関連した聖地として多くの観光客が訪れ、現代ではトーキーとならぶ観光スポットの一つとなっています。
人種差別問題に配慮して何度も設定が変更された
事件の舞台“兵隊島”とオリジナルの童謡「十人の小さな兵隊さん」ですが、作品が発表された当初は実は違う名称だったことはご存知でしょうか?
当初舞台となる島は“Nigger Island”(黒人島)、童謡は“Ten Little Niggers”(10人の小さな黒んぼ)であり、作品タイトルも『Ten Little Niggers』でした。
発売当時の表紙(出典:Wikipedia)
しかし、本作が1940年にアメリカで出版される際、差別表現であるNiggerがインディアンに変更され、島の名は“インディアン島”、童謡は「10人のインディアン」になったのです。
ところが、その後「インディアン」という言葉も差別表現として問題視されるようになり、最終的に現在の形に落ち着きました。
ストーリーの中では人種差別的な要素は強調されていませんし、当初から差別意識に基づいて書かれた作品ではありません。
が、出版地域や時代の変化によって、差別的な表現が排除されてきたという背景は非常に興味深いです。
オマージュ作品や映像化で日本でも長く愛される人気作
世界中で大ヒットした本作は、もちろん日本でも多くのファンの心を掴んでいます。
日本のミステリ小説の第一人者である江戸川乱歩も、クリスティー作品の中でも特に好きな作品の一つとして挙げていますし、『犬神家の一族』などの金田一耕助シリーズで有名な横溝正史も、この作品に刺激され同シリーズの『獄門島』や『悪魔の手毬唄』を執筆しています。
現代のミステリ作家たちも多くのオマージュ作品を発表しており、新本格ミステリを代表する綾辻行人さんの『十角館の殺人』は特に有名です。
1943年にはクリスティー自身の手で、原作とは結末の異なる戯曲版が発表されており、これまで様々な作り手によって舞台化や映像化も行われてきました。
日本でも、舞台設定を日本にしたドラマ版が放送されるなど、時代や国を越えて作品世界を表現する試みが今なお続けられています。
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