『最後の事件』のあらすじや感想、聖地の解説(ネタバレ有)!モリアーティー教授とホームズの運命は…?

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『最後の事件』の感想・考察(ネタバレ有)

ここからは、本作に関する考察を含めた感想を述べていきたいと思います。

なお、記事の構成上ネタバレ要素が含まれていますので、未読の方はぜひ作品を読んでから先を読み進めてください。

熱狂的な読者がもたらした「ホームズの死」

ホームズ人気にうんざりしたドイルは、彼を文字通り葬り去ることを決意します。ホームズは逃避行を続けた果てに、最大の敵とともにライヘンバッハの滝に落ちて亡くなるのです。

この展開は、今読んでもかなり衝撃的ですが、連載当時の読者の受けた衝撃は相当なものだったと思います。

現代の私たちはこの後もシリーズが続くことをすでに知っていますし、続きもすぐに読むことができます。ただ当時は、もうこれで終わりと言われているわけですから、それはもう計り知れない喪失感です。

今風に言うと「ホームズ・ロス」でしょうか。

街には喪章をつけて歩く人まで現れ、当然ながら編集部には抗議の手紙が殺到しました。ホームズを殺した作者ドイルに対する不満をぶつけた、容赦ないものもあったようです。

ホームズはロンドンに住んでおり、かなりリアルに描かれた存在だったわけですから、本当に実在の人物が死んでしまったような感覚になった人もいたのかもしれません。

熱烈な読者の喪失感はわからないでもないですが、一方でドイルに対しては少し酷な気もします。普通それほどの人気作品なら、書けるだけ書くものだと思いますし、終わらせるにしても主人公を殺すようなことはしないでしょう。

それでもそんな形で終わらせる道を選んでいるわけですから、「作者の人、だいじょうぶかな?何かあったのかな?」と誰か気遣ってくれてもいいようなものです。

おそらく手紙を書いた人たちは、「ホームズのファンであって作者のファンではない」というタイプだったのかなと思います。

大変皮肉ですが、ホームズの死はこの熱狂的な読者がもたらしたものだったと言えます。のちにドイルが「僕がホームズを殺さなかったら、きっと彼が僕を殺していた」と話していることからも、ホームズ人気がもたらす圧力は相当なものだったのでしょう。

作品を愛するファンの思いが作者のドイルを追い込み、人気者の主人公・ホームズの死につながってしまったのです。自分のやりたい仕事と求められる仕事のズレに苦しみ悩んだ末の結末だと思うと、作品の見え方もかなり違ってきます。

特に『最後の事件』は、作者のホームズへの複雑な気持ちが現れた、象徴的な作品であったといえるでしょう。

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ホームズでありドイル?モリアーティー教授に見る作者の思い

2人でライヘンバッハの滝に消える、ホームズとモリアーティー教授。この2人の天才は、よく表裏一体の存在として語られます。

つまり、ホームズが悪事に走っていたら、モリアーティー教授のようになっていたということ。思考が似通っているからこそ、モリアーティー教授の一味を追い詰めることができたのです。

実際、作中でホームズがモリアーティー教授をたたえるような描写も登場しています。パスティーシュ(二次創作)作品や映像化作品などでも、モリアーティー教授はどこかホームズに近い、特別な存在として描かれることがありますね。

同時に、モリアーティー教授は作者・ドイルをキャラクター化した存在でもある気がします。作中、モリアーティー教授が突如ベイカー街に表れるという、衝撃のシーンが登場します。

幾度となく犯行を邪魔されたことへの恨みと脅しを、直にホームズへ伝えにくるのです。

ただ、実はこれ、ドイル自身がやりたかったことではないかと。

前半でも書いた通り、ドイルは探偵小説ではなく、重厚な歴史小説を手掛けたかったわけです。でもホームズものばっかり売れるから本当にやりたいことが成し遂げられない。

「ホームズ、いい加減にしろ!」と一番言ってやりたかったのはドイル自身ではないでしょうか。このシーンのセリフには、特にドイルの思いが込められている気がします。

また、今回ホームズは、自分の命を狙うモリアーティー教授から逃げるために旅に出ます。普通、物語の中で逃げるのは悪者のほうで、探偵はそれを追いかけるもの。

でも今回は逆で、ホームズの方が追い回される構図になっています。とことんホームズを不利な立場に置くというこの構図にも、ドイルのホームズへの気持ちが表れているように感じます。

どんでん返しのないストレートなストーリーから感じる、喪失のリアリティ

『最後の事件』は冒頭から悲しげな雰囲気で、ストーリー全体に寂しさがあふれています。

いつものワトスンの生き生きとした語り口はなりを潜め、暗く重々しい解説から始まるのです。すでに冒頭で「最後の記録」という言葉も使われており、ワトスンが語り始めている時点で、もうすでにホームズは側にいません。

連載当時の初読で、この始まり方はかなり読者を動揺させたのではないかと思います。

終盤になると「もはや語るべきことも残りずくなになった」(「回想のシャーロック・ホームズ」430Pより)と、ホームズとの最後の思い出がもう残り僅かであることをにおわせます。語り手のワトスンの悲しみと絶望が読者にまで迫ってくる一文です。

シャーロック・ホームズシリーズはミステリ小説ですから、もうだめだと思わせておいて、最後にどんでん返しがあることも十分にあり得ます。だから普通は、「ホームズは結局死なないのではないか」と読者はギリギリまで期待する余地があるものです。

でも、残念ながらこの話にどんでん返しはありません。タイトルもストーリーもどこまでもストレート。これは本当に『最後の事件』として書かれており、ホームズは死んでしまいます。読者はワトスンと共に、この世に突然取り残されることになるのです。

最大のライバルとの死闘の果てにというヒーローっぽさはありつつも、本当にただ主人公が死んでしまうというお話。名探偵が活躍するミステリ小説で、ここまでストレートな話もめずらしい気がします。

肝心の死闘については目撃者もおらず、現場の状況から推測される事実がワトスンの口から語られるだけです。

全体的に、突然友人を亡くしたワトスンの感覚をそのまま体験できるような構成になっていて、人が亡くなる事実に直面した時の無力さを実感させられます。

今回、記事執筆のため再読しましたが、2020年は本当にいろいろなことを考えさせられる年ということもあり、ワトスンの寂しさや無力感、受け入れがたい気持ちが特に心に迫ってくるように感じました。

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まとめ

今回はシャーロック・ホームズの短編の中でも一、二を争う問題作、『最後の事件』を取り上げました。

ストーリー全体に暗さがあって、バッドエンドということもあり、私自身はあまり好きなエピソードではありません。

それでも改めて読み直してみると、ストレートなストーリーならではの味わいがあり、通常のホームズ作品とは違った楽しみ方ができるお話だなと感じました。

執筆当時の作者の心情が反映されることで、同じシリーズの中でも違ったテイストの作品が生まれるというのは、連載ものならではのおもしろさですね。

作品背景を知ることの楽しさをまた発見することができました。

ミステリ小説を書いているのも一人の人間です。そのことを感じながらぜひいろんな作品を味わってみてください!

※物語の人物名や固有名詞の表記は、「回想のシャーロック・ホームズ【新訳版】(深町眞理子訳/創元推理文庫/2010年版)」を参考にしました。

【参考文献】
・回想のシャーロック・ホームズ【新訳版】(深町眞理子訳/創元推理文庫/2010年版)

・シャーロック・ホームズ完全ナビ(ダニエル・スミス著/日暮雅通訳/国書刊行会/2016年)

・シャーロック・ホームズ大図鑑(デイヴィッド・スチュアート・デイヴィーズほか著/日暮雅通訳/三省堂/2016年)

・シャーロック・ホームズ入門百科(小林司・東山あかね/河出文庫/2019年)

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