『まだらの紐』のあらすじや考察、トリックを解説!作者コナン・ドイルが最も愛したシャーロック・ホームズ短編

まだらの紐 アイキャッチ イギリス文学
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まだらの紐の感想・考察!(ネタバレ有)

ここからは、本作に関する考察を含めた感想を述べていきたいと思います。

なお、記事の構成上ネタバレ要素が含まれていますので、未読の方はぜひ作品を読んでから先を読み進めてください。

動物を利用した犯行と驚きの「密室」トリック

この作品でホームズが挑んだのは、ヘレンの双子の姉ジュリアが亡くなった2年前の密室殺人の謎を解くことでした。ヘレンの証言から、今回も同じ手口で殺人を行おうとしているのは明らかだったからです。

娘を殺す動機があるのは義父のグリムズビー・ロイロット博士しかいませんから、問題はどうやって殺したのか。

ストーク・モーランの屋敷に出向き、現場であるジュリアの部屋と、隣接するロイロット博士の部屋を念入りに調査したホームズがたどり着いた結論は、なんと「毒蛇」でした。

インドにいたことがあり、医師の資格を持つロイロット博士は危険な毒蛇の飼育法と、その毒が遺体からは検出されないということを知っていたのでしょう。

ジュリアの部屋と自分の部屋をつなぐ換気口を作り、どこの呼び鈴にもつながっていない太い呼び鈴の紐をベッドのわきに設置します。ベッドはもちろん動かせないよう床に止めてありました。

こうした装置を使って毒蛇を娘の部屋に何度も送り込み、そのうちに毒蛇が娘にかみつくのを待っていたのです。

ホームズシリーズで動物が絡む作品は他にもいくつかあり、短編『〈シルヴァー・ブレーズ号〉の失踪(『回想のシャーロック・ホームズ』収録作品)』や長編3作目の『バスカヴィル家の犬』などは有名です。

ただ、今回のように動物に殺害を託すというのは、かなりハイリスクな気がしてなりません。ここまでの用意をして機会も毎晩あるわけですが、確実とは言い難い気がどうしてもしてしまいます。

ただ、殺す目的とはいえ犯人自身は動物をけしかけているだけですから、目論見通りにいった場合でも自分が人を殺したとは感じずに済む。それがこの方法をとった理由の一つでもあるのかなという気はします。

最終的には、ロイロット博士がジュリアを殺したのと同じ方法で、ホームズがロイロット博士を殺してしまう形になります。が、作中では「間接的」であることが強調されているのです。

動物を使って殺害する側の感覚や、動物による殺人をどう扱うのかという難しさがよくわかる描写だと思います。

先輩作家の作品へのオマージュが効いた設定がうれしい

作品を読んでピンときた方もいるかもしれませんが、『まだらの紐』はあのエドガー・アラン・ポーによる、世界初の探偵小説『モルグ街の殺人』へのオマージュが効いた作品でもあります。

人が侵入できない「密室」で殺人が行われている点や、犯行が「動物」によって実行されている点などは、『モルグ街の殺人』とよく似ていますね。

また、地所内で放し飼いにされているロイロット博士のペットとして、チーターとヒヒが登場しますが、このヒヒも『モルグ街の殺人』のオランウータンを意識したものと言われています。

全体的に悲惨なエピソードが際立つ『まだらの紐』ですが、作品を書いているときのドイルを想像すると少しほっこりします。

今なお世界中から尊敬を集めるドイル自身も、先輩作家へのオマージュを込めた作品を書いていたわけですよね。

ホームズ作品の人気に徐々に苦しめられていくドイルですが、ミステリ作品を生み出す喜びを感じる瞬間もあったのだろうなと思うとうれしくなります。

また、「動物が犯人」という設定でどれだけの奥行きを出せるかという挑戦は、ある意味ポーへの挑戦とも取れ、当時のドイルの作家としての勢いも感じられますね。

エドガー・アラン・ポーは1849年に40歳の若さで亡くなっていますから、すごく長生きしていればこの作品も読めたのかな、読んだらどんな感想を言ったのかな、などと想像してしまいます。

現代では、世界中のミステリ作家がホームズ作品へのオマージュを効かせた、パスティーシュ作品やオリジナル作品を発表しています。

敬愛する作家や作品への思いを込めて書かれた作品からは、愛と熱量を感じますし、作品を書く作家たちの興奮と緊張も伝わってきます。

「作品にオマージュを込める」という文化によって、はるか昔の小説の遺伝子が現代の小説に受け継がれ、読者は作品を生み出した作家たちの思いを受け取ることができるのです。

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ホームズシリーズを代表する最悪の父親「グリムズビー・ロイロット博士」

この作品の犯人は、姉妹のお父さんです。姉妹の母の再婚相手なので義父ではあるのですが、お父さんはお父さん。『まだらの紐』は「自分の生活のために娘を毒殺するお父さんVSホームズ」という話なのです。

このお父さんは人気エピソードの犯人ではありますが、小者感が半端じゃありません。
殺害動機もちょっと調べればすぐに見当がついてしまいますし、ホームズ相手に脅しをかけるなんて「私は後ろ暗いことをしています」と言っているようなものです。犯人としてはイマイチ詰めが甘い。

ちなみにドイルもロイロット博士に対してはなかなかひどく、どっからどう見ても悪人にしか見えないという描き方をしています。服装のセンスもなんか変だし、セコいし、短気だしで、いいところは何一つ描かれません。

ホームズとの対面時のエピソードからもわかる通り、ロイロット博士は気性が荒く乱暴者。家族に対する虐待も日常茶飯事だったようで、暴力で逆らえないようにすることで、娘たちを家に縛り付けていました。

殺害に至るまでには、なるべく男性と出会わないように、娘たちを屋敷に閉じ込めがちにするなどして結婚を阻止。実際に、結婚が決まった年齢を見ると姉ジュリアが30歳、妹ヘレンが32歳。

現代であれば何もおかしくはないですが、ヴィクトリア朝当時の中流階級のお嬢さんと考えると遅めに感じます。この状況を見ても、人権を平気で無視する身勝手な残酷さがわかります。

彼の場合さらにやっかいなのは、決してバカではないということ。もともとは医者なので知識はあるし、変に頭が回るこずるさもあります。

毒蛇を使っての殺害という時点で、すでにこずるさがにじみ出ています。この犯行は毒蛇の存在がバレなければOKというものですが、実はバレてもギリギリOKなのです

「夜中にペットの毒蛇が逃げだして、娘の部屋に入っていってしまったようだ。」とでも言えば、家庭内の不幸な事故という言い訳が立ちます。

彼の場合は悪評のほうが先にあるので、かなり疑われはするでしょうが、犯罪であるという証拠はありません。

おそらくそういうことも全部わかっていて、この方法を選んでいます。ホームズが犯行の現場を押さえるという手段に出たのも、実際に毒蛇をけしかけているというのをこの目で確かめておく必要があったためでしょう。

ホームズ作品には、いくつかの作品でなかなかひどいお父さんが登場します。今回のように義父のこともあれば、実父の場合もあります。

ただ、このひどいお父さんたちはみんな、自分がいい暮らしをしたいというためだけに、娘たちをひどい目に遭わせるという共通点があります。

世界征服をたくらむような犯罪者とは、スケールもタイプも全く違いますが、これはこれでたちが悪い。美学も何もないこの手のタイプの犯罪者には、ホームズも露骨に嫌悪感を示します。

なかでも娘を一人殺害し、もう一人の娘の殺害もたくらんだグリムズビー・ロイロット博士は最悪の部類に入るといって差し支えないでしょう。

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まとめ

今回はシャーロック・ホームズシリーズの人気エピソード『まだらの紐』を取り上げました。

この作品がドイルの一番好きな短編だったというのは、記事を書くために調べて初めて知りました。

作者がそれだけ自信を持っている作品だと知って改めて読むと、作品の細かな点へのこだわりなども見えてくるように思います。

ちなみに後半で触れた「ひどいお父さん」についてですが、他のエピソードが気になる方は『花婿の正体』『橅の木屋敷の怪』(どちらも短編集『シャーロック・ホームズの冒険』収録)なども、合わせてチェックしてみてください。

また『這う男(短編集『シャーロック・ホームズの事件簿』収録)』のお父さんも、タイプは違いますがなかなか困ったお父さん。

ホームズシリーズも作品の数だけ当然ながら犯人もいて、それぞれがとても個性的です。

そんな犯人たちに注目して読むのも、新たな発見があり楽しいと思います。

※物語の人物名や固有名詞の表記は、「シャーロック・ホームズの冒険(深町眞理子訳/創元推理文庫/2010年版)」を参考にしました。

【参考文献】

・シャーロック・ホームズの冒険【新訳版】(深町眞理子訳/創元推理文庫/2010年版)

・シャーロック・ホームズ完全ナビ(ダニエル・スミス著/日暮雅通訳/国書刊行会/2016年)

・シャーロック・ホームズ大図鑑(デイヴィッド・スチュアート・デイヴィーズほか著/日暮雅通訳/三省堂/2016年)

・シャーロック・ホームズと見る ヴィクトリア朝英国の食卓と生活(関矢悦子著/原書房/2014年)

・図説 ジプシー(関口義人著/河出書房新社/2012年)

【参考ウェブサイト】

・ウィキペディア内「まだらの紐」

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