写真やイラストなど視覚情報が多い
古典作品にもかかわらず、新訳文庫シリーズには「写真やイラストなどの視覚情報が多い」という特徴もあります。
従来の作品、特に哲学書などの「高尚」とされる古典の場合「イラストなんて邪道」という風潮があったためか、そうした視覚的情報はあまり重視されませんでした。
ところが、同シリーズでは何度も述べているように「分かりやすさ」を重視しているため、そうした情報を惜しみなく掲載しています。
もちろん基本的には文章が読みたくて作品を手に取っているわけですが、いかんせん古典作品の場合は読んだだけでは脳内でイメージできない固有名詞も少なくありません。
そういう時に視覚情報があると大変助かりますし、やはり分かりやすさに直結してくると思います。
電子書籍が多く、Kindle Unlimitedで読み放題にも対応!
最後に、新訳文庫シリーズには「Amazonなど多くの店舗で電子書籍を購入可能」という有難い側面があります。
実際、光文社は自社ホームページで「電子書籍を購入可能な店舗一覧」を公開しており、2019年9月時点で27の電子ストアにおいて購入が可能であることを確認できました。
さらに、全てではありませんが同シリーズはAmazonの読み放題サービス「Kindle Unlimited」に書籍を提供しており、読み放題サービスで楽しむことが可能です。
(Kindle Unlimitedシリーズについてはこちらの記事でまとめていますので、関心のある方は合わせて読んでみてください。)
岩波もKindle本こそ配信していますが、公式サイトを確認したところ他サービスへの配信状況は書かれていませんでしたし、Kindle Unlimitedで本を読むこともまだできないようです。
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シリーズの「誤訳」という問題点と「誤訳騒動」の顛末
さて、ここまで光文社古典新訳文庫シリーズのオススメできる点を5つほど述べてきました。
その内容からも分かるように、古典初心者の方が手に取ってみるには最適なシリーズであるといえるでしょう。
私も「古典文学の普及」という理念のもとに分かりやすさを重視して当サイトを立ち上げましたので、その方針には大変共感できます。
ただし、同シリーズを推す気持ちは変わらない一方で、過去には「誤訳」をめぐってひと騒動を起こしてしまったことがありました。
事実としてこの点を無視するわけにはいきませんので、最後に「誤訳騒動」の顛末をご紹介して記事を締めたいと思います。
スタンダール『赤と黒』に含まれていた多数の誤訳
問題となった作品は、2007年に出版されたフランスの文学者・スタンダールの傑作『赤と黒』です。
この作品は日本での知名度も非常に高く、彼の著作のみを研究する「スタンダール研究会」が存在するほど。
新訳文庫シリーズ版については当時東京大学の准教授で、現在では同大学の名誉教授を務めている野崎歓氏が翻訳を担当しました。
しかし、先の会に所属する立命館大学の教授下川茂氏は、2008年に発行された会報に「『赤と黒』新訳について 」という論文を投稿します。
その中では、冒頭から
「光文社古典新訳文庫から野崎歓訳で『赤と黒』の新訳が出た(上巻2007年9月、下巻同年12月刊)。結論を先に述べると、前代未聞の欠陥翻訳で、日本におけるスタンダール受容史・研究史に載せることも憚られる駄本である。」
と、研究者が用いる表現の中で最大級の罵倒を試みています。
さらに、こういった主張がなされる根拠として
「仏文学関係の出版物でこれほど誤訳の多い翻訳を見たことがない。訳し忘れ、改行の無視、原文にない改行、簡単な名詞の誤りといった、不注意による単純ミスから、単語・成句の意味の誤解、時制の理解不足によるものまで誤訳の種類も多種多様であり、まるで誤訳博覧会である。それだけではない。訳文の日本語も、漢字の間違い、成句的表現の誤り、慣用から外れた不自然な語法等様々な誤りが無数にある。フランス語学習者には仏文和訳の、日本語学習者には日本語作文の間違い集として使えよう。」
と述べており、論文ではこの言葉を証明するようにひたすら誤訳の指摘を繰り返しています。
実際、私が読む限りでもその誤訳に関しては擁護の難しいところもあり、下川氏の主張は概ね正しいというのは否めません。
加えて、文末では
「野崎は人から指摘されるたびに一部ずつ手直ししていくつもりなのか(しかも改版とせず、初版第3刷として訂正したことを隠蔽している)。読者は新刷が出るたびにそれを買い続けなければならないのか。評者の意見は変わらない。野崎は一旦今回の訳本を絶版にし、全面的に改訳すべきである。部分的手直し刷を出し続けるかぎり、彼には「読者に対する良心」はないものと考える。」
と、彼の人間性にまで攻撃の範囲が届いていることがわかるでしょう。
こうした下川氏の主張は議論を呼び「『赤と黒』誤訳論争」と呼ばれる論戦に発展しました。
ところが、光文社側は「当編集部としましては些末な誤訳論争に与する気はまったくありません」とこちらも強気な返答を見せます。
その結果、「些末と言い切り反証を行なわない光文社」および「いきなり喧嘩を吹っ掛けた下川氏」のどちらにも批判の声が寄せられました。
さらに、論争の影響で新訳文庫シリーズの誤訳が注目されるようになり、先に触れた『カラマーゾフの兄弟』などロシア文学の作品においてもその痕跡が確認され、同時に「誤訳の指摘を伏せたまま黙って改訳する」という光文社側の姿勢を強く批判しています。
それでも新訳文庫シリーズを読むべきか
ここまで、「誤訳騒動」をめぐる一連の顛末を解説してきました。
私は上記で指摘されていたような「ロシア語」や「フランス語」については全く分からないので彼らの言い分を検証することは出来ませんが、その説明を聞くに概ね正しいことを言っているのだろうと思います。
また、光文社側が反証を放棄してしまっていることも、彼らの主張を一面的に信じざるを得ない理由になっています。
ただ、個人的には「誤訳のリスクについては、翻訳をする上で避けては通れない」と思っているので、少なくとも趣味で古典を読んでいるようなレベルであればそれほど気にする必要はないのではないかと思うのです。
実際、「訳」というものには厳密な正解を与えるのが難しく、さらに同じ新訳文庫シリーズといえども訳者は作品によって異なります。
そのため、本当の意味で誤訳を避けたいのなら、これはもう自分で語学を習得して原文にトライするしかないでしょう。
これが難しいのであれば、やはり大人しく翻訳版を読むべきです。スタンダールの誤訳については文意を損ないかねない点もありましたが、全ての作品がここまで誤訳を含んでいるとも思えませんし。
もっとも、「誤訳を避けたいが新訳文庫シリーズで読みたい!」という場合には、「作品名+光文社」で調べると、訳に問題がある場合誰かしらがネット上で指摘を行なっています。
本シリーズの読みやすさはその手間をかけるにふさわしいものだと思うので、「手動誤訳チェック」もやり方としてはアリでしょう。
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