恋愛小説というジャンルは、古来より大衆の間で人気を博してきました。
日本で言えば『源氏物語』、世界で言えば『ロミオとジュリエット』のように、文明の発展と恋愛小説は切っても切れない関係にあると言ってもいいかもしれません。
そして、こうした作品と並んで歴史的傑作と称えられる小説が、今回ご紹介するジェイン・オースティンの描いた『高慢と偏見』です。
18世紀後半のイギリスで繰り広げられる恋愛物語は、個人的に「今日の少女漫画」を形作ったとさえ分析しています。
なお、この記事では、1ページ目にあらすじや作品情報・トリビアといった解説文を、2ページ目は書評(ネタバレ多め)を掲載していますので、部分ごとに読んでいただいても大丈夫です。
高慢と偏見の基本情報
まず、本作に関する基本的な作品情報を整理しておきます。
作者 | ジェイン・オースティン |
---|---|
執筆年 | 1813年 |
執筆国 | イギリス |
言語 | 英語 |
ジャンル | 恋愛小説 |
読解難度 | 読みやすい |
電子書籍化 | 〇 |
青空文庫 | × |
Kindle Unlimited読み放題 | △(上巻のみ) |
エリザベスとミスタ・コリンズ(出典:Wikipedia)
ただ、基本的に読みやすく分かりやすい作品なので、古典初心者の方でも抵抗なく読解できるでしょう!
高慢と偏見のあらすじ
イギリスの片田舎であるロンボーンには、五人姉妹を娘にもつベネット夫妻が暮らしていた。
聡明ながらも世を顧みないミスタ・ベネットと、娘たちを名族のもとへ嫁がせることばかりを考えるミセス・ベネット。
彼らの娘たちはそれぞれが個性的な女性として成長を遂げたが、ミスタ・ベネットより特に目をかけられていたのがジェインとエリザベスという二人の姉妹であった。
そんな一家に、彼らの退屈な日常を彩る知らせが舞い込んできた。
近隣にミスタ・ビングリーという物腰の柔らかな富豪が家を構えたというのである。
これをミセス・ベネットは好機ととらえ、自分の娘たちを売り込むべく彼らと交流を図るのであった。
家族の中ではひときわ良識のあるジェインとエリザベスも彼の人柄や物腰に魅了されるが、その傍らには高慢で不愛想なダーシーという男がいつも付き添っている。
果たして、五人の娘たちは良縁にありつくことができるのだろうか。
こんな人に読んでほしい!
・少女漫画が好き
・イギリスの社会制度を知りたい
・ブリティッシュジョークが好き
高慢と偏見の時代背景・結婚観、作者の生涯を解説
先にも触れましたが、この作品は「知らなくても楽しめるが、知っていると理解がはかどる」というタイプの知識がいくつか存在します。
ここでは、そうした『高慢と偏見』の背景部分を解説していきましょう。
ナポレオン戦争に揺れるイギリスだが、戦火の色は見えない
まず、この本が描かれたのは19世紀の初頭という時期になります。
この時代、ヨーロッパではナポレオンが快進撃を繰り広げており、イギリス社会にもその余波は確実に迫っていました。
ナポレオン(出典:Wikipedia)
しかし、結論から言ってしまうとこの作品にそうした戦争の影は一切見えません。
これは作品の舞台がロンボーンという片田舎の、それも上流中産階級というごく狭い範囲に限定されているためで、言われるまでこの事実には気づかないくらいです。
主に扱われる内容がベネット家の女性たちによる生活なので、上記の点は描く必要がないという判断だったのでしょうか。
それとも、ロンドンから遠く離れた片田舎で、そうした情報が行き届いていないことを一種の田舎らしさとして描いたのかもしれません。
いずれにしても、いわゆる政治や戦争から大きく隔絶した世界のみに焦点があてられるこの作品は、ある意味で純然とした「恋愛小説」と見なすことができるでしょう。
結婚観や階級制度を理解すると、作品が飲み込みやすくなる
次に、この作品を深く読み込んでいくために大切な「19世紀初頭のイギリスにおける結婚観・階級制度」を解説していきます。
まず、当時の女性たちにとって「優れた男性と結婚すること」は、すなわち共通した人生の大きな目標でした。
それゆえに、冒頭の有名な書き出しである
「独身の青年で莫大な財産があるといえば、これはもうぜひとも妻が必要だというのが、おしなべて世間の認める真実である」
という部分は、こうした「世間」のあり方を端的に表した文章として称賛されているのです。
ただ、そうした時代であるからといって作品でこの事実を全面的に肯定しているわけではありません。
作中では主に次女エリザベスの視点から物語が進行していくのですが、彼女は上記の価値基準ばかりを重視する母の姿を疎んじており、彼女は自分なりに「納得のいく結婚」を追い求めていくのです。
そのため、こうした女性の描き方は当時の恋愛小説、さらに言えば世間の価値観的にも斬新なものであり、女性の「女性らしさ」を見直していく現代のフェミニズムに通じる原型を見出すことができるでしょう。
もっとも、あくまで「良い結婚」を追い求めている時点で現代では非難されてしまうかもしれませんが、それでも当時はアブノーマルな価値観だったのです。
また、「結婚」に関連して、作中に登場する人物たちの「階級」も重要になってきます。
イギリスでは非常に強固で複雑な階級社会が構築されているということをご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、この作中でもそういった様子を垣間見ることができるのです。
例えば、作中でミスタ・コリンズが畏敬しているド・バーグ家は上流階級で、一方あれだけ莫大な富を有しているとされるダーシー家やビングリー家はその下の上流中産階級に相当することになります。
ちなみにベネット家は同じ上流中産階級でも下層部に位置し、さらにミセス・ベネットの実家はより低い階級に属しているのです。
それゆえにベネット家の姉妹たちはダーシーやビングリーといった人々を射止めるには「身分違いの恋」を成就させる必要がありました。
ジェイン(出典:Wikipedia)
…という背景を整理すると、作中でベネット家の女性たちが蔑まれている理由を理解することができるでしょう。
快活な女性であった作者オースティンの生涯を反映している
この作品の作者であるオースティンは、その生涯を物語に大きく反映させています。
彼女は上流中産階級に属するオースティン家に生まれると、兄弟7人に囲まれた大家族の中で成長していきます。
すぐ上にはカサンドラという長女がおり、彼女とオースティンは固い信頼関係で結ばれていました。
カサンドラ・オースティン(出典:Wikipedia)
この関係性は、明らかに本作のジェインとエリザベスのそれに酷似しています。
さらに、彼女は大家族ゆえの貧しさから満足な教育を受けることができず、この経験もベネット家の教育環境を彷彿とさせるものです。
それでもオースティンは数多くの本を読むことで知識を獲得していき、数々の長編小説を世に送り出す名作家として後世で高く評価されることになります。
もっとも、生前は売れっ子小説家というより快活でお茶目な女性であったようで、本作でいえばエリザベスのようなタイプだったのかもしれません。
オースティンはアディソン病によって41歳の若さでその生涯を終えることになりましたが、むしろ現代イギリス・アメリカで彼女の小説は人気を博しています。
本作を原作・あるいは翻案にしたドラマや映画は次々とヒットを飛ばしていき、押しも押されぬ名女性作家として今日では知られるようになったのです。
とはいえ日本における人気はまだそれほどでもないという印象が否めないので、なるべく彼女の作品を広めていければと思いますね。
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