文学は、時代を問わず大衆の娯楽でした。
その中でも恋愛小説は揺るがない人気があり、イギリスではシェイクスピアの『ロミオとジュリエット』や、E・ブロンテの『嵐が丘』といった名作が生まれています。今回取り上げる作家・オースティンの代表作『高慢と偏見』も有名です。
彼女は恋愛小説だけを執筆し、世に送り出しました。今回は、皮肉の入ったユーモアがオースティンらしく、お節介なヒロインや個性的な登場人物が魅力の小説『エマ』を紹介していきます。
なお、この記事では1ページ目にあらすじや作品情報・トリビアといった解説文を、2ページ目は書評(ネタバレあり)を掲載しています。
エマの作品情報
まず、本作に関する基本的な作品情報を整理しておきます。
作者 | ジェーン・オースティン |
---|---|
執筆年 | 1814年 |
執筆国 | イギリス |
言語 | 英語 |
ジャンル | 恋愛小説 |
読解難度 | 読みやすい |
電子書籍化 | 〇 |
青空文庫 | × |
Kindle Unlimited読み放題 | × |
本作は、オースティンの作品の中でも成熟期にあたるものです。「縁結び」という困った趣味をもつお節介ヒロインが巻き起こす出来事が、実にユーモラス。
そのため、「古典文学を読んだことがない」という方でも気軽に読み進めることができるでしょう。
エマの簡単なあらすじ
21歳のエマ・ウッドハウスは美人で賢く、そしてお金持ちのお嬢様。母は幼い頃に亡くなり、姉・イザベラも結婚をして家を出ていたため、ハートフィールドの屋敷で父と暮らしていた。
物語は、16年一緒に暮らした元家庭教師のアナが、隣人のウェストンと結婚するところから始まる。
エマは「自分が縁結びをしたのだ」と有頂天になり喜ぶが、義兄のナイトリーからは「予想していただけ」とそのお節介を指摘される。しかし、エマはこの遊びをいたく気に入ったのだった。
次に彼女が「縁結び」のターゲットにしたのは、ゴダード寄宿学校の特別寄宿生・ハリエット。彼女は私生児であり、若く、無知な17歳だ。
エマはハリエットを完璧なレディにしてあげようと考え、ハリエットのほうはエマを崇拝している。事は順調に運んでいった。
彼女は農夫マーティンからプロポーズを受けるが、エマに助言を吹き込まれて断ってしまう。エマは村の牧師エルトンとハリエットを結婚させようとお膳立てするのだが…?
こんな人に読んで欲しい
・19世紀イギリスの女性の暮らしぶりに興味がある
・元気が出る作品に出会いたい
・古典文学に初めて挑戦したい
エマの作者や出版時のエピソード、後世での評価を解説!
本作は予備知識なく読んでも楽しめる作品ではあるのですが、知っておくとより世界観に浸れるトリビアがいくつかあります。
オースティンの日常が反映されている
オースティン作品の特徴といえば、女性の私生活を中心に描かれていることが挙げられます。
舞台は田舎町でまったくもって平凡、取り立てて事件も起きません。しかし、それでも面白いのが彼女の作品なのです。
『月と六ペンス』などの執筆で知られる作家・サマセット・モームも「たいしたことが起きるわけではないのに、ページを操らずにはいられない」と彼女の作品を評価しています。
サマセット・モーム(出典:Wikipedia)
しかし、一見盛り上がらなさそうな彼女の作品が面白い理由はどこにあるのでしょうか。
オースティンは「田舎に家庭が三、四つもあれば小説の材料になる」と、普段から語っていたそう。つまり、「自身が経験したこと、見聞きしたこと」しか作品で触れていないと考えられています。
自らの距離感にこだわって作品を書いているので、登場人物の様子や関係性がとてもリアルで共感できるものに仕上がっているのです。加えて、作中で示される内容が明確で分かりやすいこともあり、人気を博していきました。
本作を執筆した時期のイギリスは、産業革命や戦争の影響で貧富の差が開き、孤児が増えるといった暗い社会問題を抱えていました。これをほぼ同時期に正面から描いた小説には、ディケンズの『オリバーツイスト』があります。
しかし、本作はそうした激動の時代に描かれているにもかかわらず、作品が快活で明るい雰囲気に包まれています。これは、オースティン自身がイングランド南部の田舎に暮らしていたため、そうした影響をほとんど受けていないためだと考えられます。
彼女の「特定の時代を感じさせない」作風が、今でも読み継がれる原因なのかもしれません。
恋愛小説マスター・オースティンの悲惨なリアル恋路
本作を含めたオースティンの作品を理解するにあたって、作者の素顔にも迫りたいところです。
「恋愛のエキスパート作家」というあだ名が付くほど恋愛小説ばかりを執筆していたオースティンですが、彼女のリアルな恋愛は意外と知られていません。
オースティンは20歳の頃、トム・ルフロイという美青年と出会います。トムは優秀な学生でしたし、彼女も文学の才能がある機知に富んだ女性ですから、二人はすぐに惹かれあいます。
が、トムは12人兄弟の長男で、妹や弟を養うために名の通った良家の娘と婚約する必要がありました。オースティンの生まれでは恋路を遂げることは叶いませんでしたが、彼は『高慢と偏見』のイケメン・ダーシーのモデルと分析されています。
また、25歳の時、温泉リゾート地として知られていたバースに引越ししたオースティン一家は、近隣のデヴォン州にあった海辺町に旅行に行きます。彼女はそこである青年と恋に落ちました。
が、所用で町を離れた青年を待ちわびていたオースティンに届いたのは、「青年が亡くなった」という悲しい知らせでした。この青年について詳しくは分かっていませんが、一説には牧師だったとも伝わっています。
翌年には6歳年下で裕福なハリス・ウィザーに求婚されます。オースティンは26歳、当時女性の26歳と言えば、哀れな独身女性の一歩手前。世間体を考えたのか、オースティンは求婚を受け入れます。が、翌日には断っており、愛のない結婚には耐えられないと考え直したのでしょう。
以上のように、恋愛小説を書き続けたオースティンのリアルな恋は、どれもバッドエンド揃いだったというわけです。
彼女が書く恋愛小説はハッピーエンドものばかりなのですが、その理由はよく分かります。彼女は物語の中に理想を追い求めていたのです。そんな悲しみから生まれた作品たちでしたが、後の女性たちには多大な影響を与えました。
生涯独身だったオースティンは、小説を結婚エンドで締めるクセがありました。
私はしばしば、もしオースティンが結婚をしていたのならどのような作品を残しただろうかと考えます。きっとオースティンらしい皮肉を交え、時に努力が必要と言えるような結婚生活を描いてくれたことでしょう。
“By a Lady”(ある貴婦人著)という匿名で作品を書いた
オースティンは、36歳の時に四兄・ヘンリーの助力で出版社と契約。『分別と多感』という作品でデビューすることになります。初期の作品である『分別と多感』、『高慢と偏見』、『マンスフィールドパーク』は“By a Lady”(ある貴婦人著)という匿名で出版しました。
小説家デビューしたことは甥や姪にすら秘密にしていたそうで、移動図書館に行った際にデビュー作の『分別と多感』を手に取った姪から「タイトルからしてつまらなそうな作品」と言われたというエピソードも。
オースティンが匿名での出版を選んだのは父、兄が牧師だったことが関係しています。決して道徳的とは言えないヒロインの恋愛小説ゆえに、世間にどう受け止められるかを非常に気にしていたようです。
が、本作をきっかけに彼女は素性を明かすことになります。
それには、オースティン作品のファンだったイギリス国王・ジョージ四世が関係してきます。
ジョージ四世(出典:Wikipedia)
当時まだ摂政王太子だったジョージ四世はオースティンの作品の大ファンでした。そのため、彼はロンドンの邸宅にオースティンを招待します。
これには彼女も驚きましたが、愛人に夢中で王妃を蔑ろにしていると有名だったジョージ四世(もっとも、愛人が彼の本命であり、王妃とは政略結婚だったという事情があります)を実のところ嫌っていました。
ですが、摂政王太子からの招待状を無碍に出来るはずもありません。実際に謁見はしていないそうですが、王室の職員からの勧めで次に出版する予定だった『エマ』を摂政王太子に献上することとなりました。
とはいえ、一般にジェーン・オースティンの名が世間に公表されたのは彼女の死後。兄ヘンリーの手によるものでした。
現在では世界中で愛されているオースティン。もちろん母国・イギリスでも深く愛されており、2017年からは10ポンド紙幣に肖像画が使われているほど。
没後200年以上も経った今でもオースティンの作品には普遍的魅力があり、現代人の感覚でも親しみ易いのです。
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