『エマ』のあらすじや感想、内容の解説!オースティンの描く「クセが強いヒロイン」の成長小説

エマ アイキャッチ イギリス文学
スポンサーリンク
スポンサーリンク

エマの感想・考察(ネタバレ有)

ここからは、本作に関する考察を含めた感想を述べていきたいと思います。なお、記事の構成上多くのネタバレを含みますので、その点はご了承ください。

好き嫌いの分かれるヒロインだが、チャーミングなエマ

オースティンは代表作である『高慢と偏見』のヒロイン・エリザベスを「誰もが好きにならざるを得ない」と称賛しているのにに対して、本作のヒロイン・エマは「私の他には誰も好きになれそうにない」と評していたそう。

実際、本作冒頭でエマについて紹介する部分の一節にも、彼女による評価の具合が表れています。

美人で、頭が良くて、お金持ちで、明るい性格と温かい家庭にも恵まれ、この世の幸せを一身に集めたような女性だった。もうすぐ二十一歳になるが、人生の悲しみや苦しみをほとんど知らずに生きてきた

一見エマを褒めているようにも見えますが、これは逆に「21歳にもなるのに苦労とは無縁で甘やかされて育ってきた」とも読み取れます。つまり、オースティン流の皮肉と考えるべきでしょう。イギリス人らしく手厳しいジョークです。

そして、物語の主軸にはエマの困った趣味「縁結び」があります。

妄想好きで、思い込みが激しいせいで勘違いの連続。果てはその勘違いのおかげで兄のように慕っていたナイトリーへの愛情にようやく気づくと言った具合でした。

ハリエットを立派なレディにしてあげよう。興味深い仕事だ。間違いなく親切な仕事だ。私の地位と暇と力にうってつけの仕事だ。

上記は、ハリエットの縁結びを思いついた時の言葉です。ここからも分かるように、エマという女性はお節介かつ、自分の価値観で動くタイプです。彼のために縁結びをしてあげているのではなく、自己満足のためにやっているようにも見えます。

エマの欠点は自分を過大評価するところで、自分の内面をあまり客観的に見られない人物でした。

そんな彼女を取り巻く人々も印象的です。自分がなくエマを崇拝する私生児のハリエット、すきま風と胃腸の調子をいつも気にしている父ウッドハウス、子供を甘やかすことに尽力している姉イザベラ。脇役もなんとも個性派揃い。

以上の点から、オースティンは「いい子ちゃんな主人公では面白くない」と思っていたのではないでしょうか。困った性格のエマですが、その本質は男性に媚びることなく、自分を安売りしないところにありました。

彼女が書くヒロインたちには、男性にも負けずに立ち向かっていくしたたかなフェミニズムの要素が盛り込まれています。『高慢と偏見』にしても本作にしても、ヒロインの両親が変わり者で滑稽に描かれていることも興味深いところ。

万人受けする主人公ではないにもかかわらず、エマには心を惹きつけられます。オースティンの作品の中でも断トツにチャーミングな主人公といえましょう。

スポンサーリンク

当時の娯楽や生活習慣をリアルに感じとれる

オースティンの経験が作品に反映されていることは先にも説明しましたが、本作の見所はなんと言っても「当時の生活がリアルに感じとれるところ」でしょう。

田舎暮らしを強いられていたエマ達の楽しみは、隣人や友人との交流にありました。主な社交の場は、屋敷で開かれるお茶会や、食事会。

中流階級の上層部にあたるハートフィールド屋敷の食卓に上がるのは、カスタードの入ったリンゴのタルトやチキンの挽肉パイ、牡蠣の蒸し焼きなどです。19世紀のヨーロッパですと、食事はだいたい一日二回。一日の中で正餐にあたるボリュームのある食事をとるのは15時〜16時で、夜は冷たい料理とワインが出るのが一般的でした。

友人を招待して食事を楽しむことが何よりの娯楽であり、また社交の機会を設けることが裕福な家庭の務めであるとも考えられていたからです。

作中、ハートフィールド屋敷の女主人であるエマも会食の場で「自分の評判を落とすまいと、てきぱきと動きまわり、女主人役を務める楽しさを感じていた」と記されています。

他にも、邸宅の見学は当時レジャーの一つでした。ドンウェルアビー屋敷でのイチゴ狩りやピクニックの場面は女性たちが特に生き生きと描かれていると感じます。

教区の貧しい人たちのための慈善活動、手紙のやり取りの中でのシャレード(謎解き)など、当時の生活の様子が豊かな描写で物語に添えられており、そこにはイギリスらしさが随所に見受けられます。

本作の執筆当時、ハンプシャー州の田舎町チョートンで暮らしていたオースティンに想いを馳せることができますね。チョートンは、現在でもガイドブックに殆ど載ることのない静かな町です。

内面的な成長を描いた教養小説ともいえる

三人称で語られる本作ですが、ナイトリーの心には入り込まずエマの心情を中心に物語は進行します。

エマはウィットに富んだ賢い子供だったことが原因で高慢に育ったため、今の状況が一番幸せだと信じて疑いません。ハリエットの結婚は斡旋しておいて、自身は結婚願望がなくオールド・ミス(結婚適齢期を過ぎた独身女性)になりたいという始末。現代でこそ、結婚=幸せではないとの価値観が浸透し選択の自由がありますが、当時の読者は女性が結婚を望まぬなどあり得ないと捉えたでしょう。

エマは未熟な女性であり、オースティンは彼女を若さの象徴として描きました。

対して、ナイトリーの存在はエマを導く保護者的な役割をもつ紳士として描かれています。ナイトリーは口うるさい場面が多いですが、それはエマに対してだけなのです。

ですが、エマは年相応な素直さも有しています。

執筆当時40歳だったオースティンは若さ、さらに言えば若さから来る無知すらも美徳に感じていたと思うのです。

彼女はエマやハリエットの成長を巧みに描いており、恥を掻くことや過ちを繰り返す経験をして、謙虚で調和を大切にする女性へと、人間的に成長していく様を伝えたかったのではないでしょうか。

その点において、本作は恋愛小説に留まらず、教養小説ともいえましょう。

スポンサーリンク

まとめ

本作はオースティンの日常生活が垣間見れるようなイギリスらしさに溢れていて、そこが非常に魅力的。ヒロイン・エマも繰り返し読むほどに好きになれる小説だと思います。

エマの成長に注目しながら読んでみてください。

【参考文献】

・エマ(中野康司訳、ちくま文庫、2005年)
・ジェーンオースティンの手紙 (新井潤美編訳、岩波文庫、2004年)
・イギリス文学の旅(石原孝哉 他、丸善、1995年)

コメント