『竜馬がゆく』のあらすじや感想、登場人物を解説!司馬遼太郎が描く至極の歴史小説

竜馬がゆく 表紙日本文学
出典:Amazon
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日本における時代小説の代表的作家といえば、やはり司馬遼太郎の名が思い浮かぶでしょう。

彼が生み出した著作は小説界だけでなく歴史界にまで影響を及ぼすほどの人気を誇りましたが、その最たるものが、今回紹介する『竜馬がゆく』でしょう。

司馬が生み出した「坂本竜馬」という存在は、現代における龍馬像を確立させたと言っても過言ではありません。

なお、この記事では、1ページ目にあらすじや作品情報・史実との違いといった解説文を、2ページ目は書評(ネタバレ多め)を掲載していますので、部分ごとに読んでいただいても大丈夫です。

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竜馬がゆくの作者など作品情報

まず、本作に関する基本的な作品情報を整理しておきます。

作者   司馬遼太郎
執筆年  1962年
執筆国  日本
言語   日本語
ジャンル 時代小説・長編小説
読解難度 読みやすい
このサイトで取り上げる作品としては相当現代寄りの小説ですが、作者も亡くなっており、かつ歴史的評価も確立していることから、ここでは「古典文学」の一種として扱っています。
文庫にして全8巻刊行されており、時代小説ということもあって一見とっつきづらく感じるかもしれません。
しかし、内容は非常にテンポよく進んでいく上に、歴史の知識もあまり必要としないのでむしろ読みやすい部類に入るかと。

竜馬がゆくの簡単なあらすじ

坂本龍馬 写真坂本龍馬(出典:Wikipedia)

幕末の土佐藩——。

この地に生まれ落ちた少年坂本竜馬は、気弱で泣き虫、さらには学問の出来もイマイチな落ちこぼれ男児であった。

しかし、彼は剣術修行のため江戸に旅立つと、北辰一刀流の道場で学びを深め一流の剣士に成長していた。

道場では武市半平太千葉さな子といった人々と出会い、竜馬もやがて大きな野望を抱くようになっていく。

修行を終えて国元へと帰国した竜馬は、黒船襲来の衝撃から友人半平太が組織した勤王党の一員として攘夷思想を明確にしつつあった。

ところが、やがて勤王党との思想的乖離が目立ち始め、竜馬は脱藩して自由に日本を飛び回ろうと考える。

快男児坂本龍馬の冒険は、ここに幕を開けるのであった。

こんな人に読んでほしい

・坂本龍馬という人物に興味がある

・時代小説、歴史小説に挑戦してみたい

・一代記や冒険話が好みである

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竜馬がゆくの内容や読み方、登場人物を解説

この『竜馬がゆく』という作品については、ほぼ現代に描かれた娯楽小説のため「読むための予備知識」というものは特に必要ないかと思われます。

しかしながら、そうはいっても「歴史小説」なので、ジャンル特有の注意すべき点があるのはまた事実。

以下では、主にそのあたりを中心として解説を加えていきます。

素晴らしい作品だが、あくまで「創作」ということを忘れてはいけない

まず、この作品は今読んでも全く色あせることのない、一流の小説であることは間違いありません。

幼いころは落ちこぼれであった竜馬が、たぐいまれなる才能や偶然の出会いによって天下を揺るがす存在になっていく過程は、王道を貫きながら見る者を魅了していきます。

しかし、本作の悪いところとして、作品としての魅力が抜きんでているばかりに、作中の内容を史実と間違える方が続出してしまう点が挙げられます。

我々としても「小説は創作が原則でしょ」ということは理解しているはずなのですが、そこは「司馬マジック」が強く影響しているのです。

司馬遼太郎という作家は非常によく歴史を研究しているため、本作で描かれている内容も大半は史実に基づいています。

司馬遼太郎 写真司馬遼太郎(出典:Wikipedia)

ところが、司馬は作品を盛り上げるため、時として意図的に「創作」を織り交ぜてくるのです。

そのため、「史実を前提にした創作」が作中には見られ、良くも悪くも現実とフィクションの境が非常にあいまいなものとなっています。

具体的に「この部分が創作だ」ということについては後述しますが、本作を読む上では

あくまで、歴史書ではなく娯楽小説である
ということを忘れてはなりません。
もちろん、それだけ人々を惑わすような作品が書ける彼のセンスは高く評価されるべきですが。
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お田鶴の存在や新婚旅行など、史実と異なる点に注意

先ほど「本作には創作されている部分もある」と述べましたが、ここでは具体的にどの描写が史実と異なる可能性が高いのか、そのあたりを検証していきます。

結論から言ってしまうと、史実と異なる部分はかなり多いため、そのすべてを記すことは難しいです。

そこで、特に目立つ、あるいは勘違いしやすいであろう箇所に絞って指摘をしてみたいと思います。

お田鶴は架空の人物で、モデルとなったのは平井加尾という女性か

竜馬が土佐藩にいたころ、彼よりもはるかに身分の高い女性として描かれていたお田鶴様という女性。

彼女は竜馬が長く交流を重ねる人物であり、作中の描写を見るに彼の恋人ともいえる重要人物です。

また、家老の妹であることから、現代流に言えばいわゆる「お嬢様」であり、上品ながらもいたずら心を抱く小悪魔的な一面が印象的ですね。

ただ、結論から言えば歴史上にお田鶴という女性は存在していなかったと考えられており、彼女は司馬遼太郎が生み出した人物です。

ちなみに、モデルになったと思われる女性は土佐藩に実在し、三条実美で知られる三条家に仕えた平井(西山)加尾と言われています。

残されている手紙などから少なくとも龍馬と知り合いであったことは確実なため、加尾は龍馬の初恋の女性であった可能性が指摘されています。

日本初の新婚旅行は龍馬とおりょうのものではない?

作中において、竜馬とおりょうが「日本初の新婚旅行を行なった」という記載があります。

塩浸温泉 写真竜馬とおりょうが滞在したとされる塩浸温泉(出典:Wikipedia)

これは司馬遼太郎の作ったエピソードではないのですが、明治時代の後半からはこうした事実があったという認識がなされていたようです。

しかし、残念ながら江戸時代にも男女で旅行に行くという風潮は存在していたようで、竜馬たちのそれが初出ではないという意見もあります。

また、この旅行はあくまで療養を第一としたものであり、新婚旅行を目的にした旅行であるかも定かではないようです。

もっとも、「龍馬とお龍が結婚直後に温泉に出かけた」という部分は事実と考えてもよさそうなので、ロマンを重視すればこの説を信じてもいいのかもしれませんね。

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後世の「坂本龍馬」像に多大な影響を与えた

この『竜馬がゆく』という作品はすさまじい反響を呼び、「坂本龍馬」という人物の評価さえも左右することになりました。

現代で我々がイメージしがちな「少しとぼけたところがありながらも快活で物事の本質を見極め、大局観を有した土佐弁の剣士」という龍馬像は、この作品によって社会に定着したという説もあるほどです。

こうして龍馬は一躍日本を代表する偉人と考えられるようになったわけですが、残念ながら歴史的な評価が近年、龍馬の「過剰」な功績を見直す方向で変わりつつあります。

実際、「坂本龍馬」の名を教科書から削除しようという意見が学会から提言されたほどです。

史実と虚構の龍馬イメージや教科書問題について詳しく知りたい方は、下記の私が別に運営しているサイトの記事をご覧ください。

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