我々のイメージする「フランスの社交界」といえば、それはそれは華やかな光景が思い浮かぶでしょう。
しかし、そうした部分が貴族界の本質を表しているわけではない、ということを教えてくれた小説が、今回取り上げるバルザックの『ゴリオ爺さん』です。
同じくフランスの作家であるモームが『世界の十大小説』として選出した本作は、社交界の腐敗と人間のエゴイズムを暴き出しています。
この記事では、1ページ目にあらすじや作品情報・トリビアといった解説文を、2ページ目は書評(ネタバレ多め)を掲載していますので、部分ごとに読んでいただいても構いません。
ゴリオ爺さんの作品情報(電子化・読み放題対応状況)
まず、本作に関する基本的な作品情報を整理しておきます。
作者 | オノレ・ド・バルザック |
---|---|
執筆年 | 1835年 |
執筆国 | フランス |
言語 | フランス語 |
ジャンル | 教養小説 |
読解難度 | やや読みにくい |
電子書籍化 | 〇 |
青空文庫 | × |
Kindle Unlimited読み放題 | 〇 |
この作品が執筆された時代のフランスは近現代ながら非常に複雑な社会構造をしており、作品を読む上ではそうした社会に対する予備知識を必要とします。
内容自体は極めてオーソドックスな父性愛と立身出世の物語なのですが、上記のような点に加えてバルザック特有の小説製作技法も本作の読解を困難なものにしています。
ゴリオ爺さんのあらすじ
花の都として人々の憧れを一手に集めるパリ。
しかし、路地を一歩入ればそこには決して貴族たちが寄り付かないような下層世界が広がっていた。
パリの陰に隠れるような形でそびえたつ下宿屋ヴォケール館には、主人のヴォトケ夫人を始めとする貧民たちが不満を抱えつつ生活していた。
ここには様々な人物たちが居住していたが、田舎から上京してきて法律家を目指し大学で勉強を重ねるラスティニャックは、将来の成功を夢見て苦学の日々を送る。
そんな彼は、貴族たちの世界に顔を出すべ親戚の縁を頼って社交界へと飛び出していった。
そこで、彼は同じくヴォケール館に暮らしており、あのみすぼらしい宿の中でも軽蔑されていたゴリオ爺さんが、貴族として光り輝く二人の女性の父親であることを知るのであった…。
こんな人に読んでほしい
・フランス貴族社会の光と闇を知りたい
・フランス文学らしい作品に挑戦してみたい
・見返りを求めない愛を抱きがち
ゴリオ爺さんの時代背景・テーマ・『人間喜劇』との関わりを解説
先にも述べたように、本作は当時のフランス社会に関する知識を少しだけ必要とします。
また、バルザックは本作を『人間喜劇』という彼の描いた作品全体をまとめた一つの物語に位置付けており、真の意味でこの作品を理解するにはこの部分についても知っておかなければなりません。
分断されていたフランス社会と、新貴族層の出現
この作品が描かれた1800年代中ごろのフランスといえば、近代化と王政復古という背反するような二つの流れが並立していた時期でした。
フランス革命とナポレオンの快進撃は終わりをつげ、急進的な改革は鳴りを潜めます。
そこで当時のルイ18世はかつての貴族制を復活させますが、異国イギリスで巻き起こった産業革命の波は確実にフランスにも押し寄せていました。
花の都・パリにおいても資本主義のもとに富を独占していくゴリオやニュシンゲーヌのような資本家が出現しましたが、彼らのようなブルジョワジーは貴族社会に嫌悪されます。
このように、当時の社会は「新貴族層」と「旧貴族層」が並立しており、その様子は本作の中からも十分に読み取ることができます。
しかし、これはあくまで社会の上流階級に限った話で、本作におけるヴォトケ館に見られるような貧困層が社会の大半を占めていました。
当時の貧民がどのような境遇に置かれていたかはまさに作中でバルザックが語っていた通りで、彼らは生計を立てるに最低限必要な収入さえも手にしていなかったと言われています。
ところが、先にも書いたような近代化の影響によって、ヴォトケ館に住んでいるような人々にも立身出世のチャンスが与えられている時代という側面もあったのです。
そこで野心を燃やしたのがラスティニャック青年であり、彼のサクセスストーリーはこの時代特有の背景に起因するといえるでしょう。
「望み」による転落と、腐敗した社会を描き出している
本作に与えられたテーマは非常に多いと考えられますが、個人的には「望み」による転落と、腐敗した社会そのものを描き出した作品であったと考えています。
まず、本作の登場人物たちはみなそれぞれに強い「望み」があるものの、それを実現させるためにあらゆるものを失いました。
実際、ラスティニャックは「出世」のために誇りや家族を犠牲にし、ゴリオは「娘」のために財産を犠牲にする。一方、当の娘たちも「虚栄」のために全てを失っていきます。
しかし、こうした主要な登場人物の中に、一人だけ社会の本質を見抜いたうえで自身の目的を達成しようとした人物がいました。
それは作中で異彩を放つ大犯罪者のヴォートランであり、彼だけは明らかに俯瞰した視点から物事を判断していたように思えます。
ヴォートランはラスティニャックを犯罪の道へ誘い出そうとした際に彼の本質を貫くような発言をみせており、否定的な描写が目立つ本作において肯定的に描かれているのは恐らく彼だけでしょう。
実際、バルザックは虚栄に満ちたフランスで闇に生きる犯罪者に憧れていたと言われています。
彼は当時フランスで話題になっていた元犯罪者のフランソワ・ヴィドックという人物が出した自伝に大きな影響を受けており、彼がヴォートランのモデルという説もあります。
つまり、本作は当時のフランスにおける貴族社会・家族・結婚・出世などの社会制度に内包されている本質を、ヴォートランというアウトローの視点から鋭く追及した作品といえそうです。
バルザックの『人間喜劇』を構成する重要な作品となった
この作品を出版したバルザックは、出来に自分なりの手ごたえを感じていたようです。
出版時の評価自体は賛否両論といった形で、社会をするどく観察する彼の眼を評価する声もあれば、ゴリオを追い込んだ娘たちの行動が『リア王』に描かれているものと酷似しているという批判もありました。
バルザックはこの作品を自身が描いた巨大小説群『人間喜劇』に収録すると、本作において、また本作以後の作品において一度登場した人物を年齢や状況を全く変えた形で後の作品に出現させる「再登場手法」を確立します。
そのため、例えばラスティニャックは『人間喜劇』内の『ニュシンゲーヌ商会』や『骨董室』など、バルザックが後年になって描いた作品にたびたび再登場しています。
ここで、本作以後にラスティニャックが商人として大成功を収めるものの、最終的には希望を失ってさまよう老人になってしまうことが分かるのです。
もちろん再登場するのはラスティニャックに限ったことではなく、ヴォートランやボーセアン夫人といった主要な登場人物は大半がどれかしらの作品に顔をのぞかせており、こうして再登場する人物の総数は600人におよぶと言われています。
したがって、もし読者の方が本作を気に入った場合、『人間喜劇』に収録されている作品を読んでいけばどこかでお馴染みの人物に会うことができます。
全部で91の小説からなる作品群すべてに目を通すのはかなりの労力になると思われますが、ライフワークと割り切って挑戦されてはいかがでしょうか。
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