『犬神家の一族』というタイトルを聞いたことのある方は多いと思います。
なぜなら、三度の映画化や七度のドラマ化などでたびたび映像になっているから。
加えて、本作に登場する名探偵・金田一耕助も極めて有名です。日本三大探偵とも称される彼の活躍を映像で見た方も少なくないでしょう。
しかし、「もう映画やドラマで見たからいいよ」という方にも、ぜひ一度原作を読んでもらいたいのです。映像だけでは分からない、新しい発見があると思います。
もちろん、「どういう話なのか全く知らない……」という方でも大丈夫!この記事を読めば、本作のことが手に取るように分かるようになります。
『犬神家の一族』の作品情報
作者 | 横溝正史 |
---|---|
執筆年 | 1950年 |
執筆国 | 日本 |
言語 | 日本語 |
ジャンル | 推理小説 |
読解難度 | 読みやすい |
電子書籍化 | 〇 |
青空文庫 | × |
Kindle Unlimited読み放題 | × |
『犬神家の一族』の簡単なあらすじ
昭和二十X年、信州那須湖畔——。
犬神財閥の創始者にして、日本の生糸王と言われる犬神佐兵衛翁が永眠した。莫大な遺産と、その相続権を記した遺言書を残して。
遺言書の開封の条件は、生母が違う佐兵衛の娘三人、そしてその男子三人が揃うこと。
しかし、犬神家の長女・松子の息子・佐清はまだ戦地から復員してこない。不穏な空気が流れる中、名探偵・金田一耕助が那須湖畔にやってくる。
犬神家の顧問弁護士・古館の下で働く若林が、犬神家におこるかもしれない惨劇をおそれて依頼したのだった。
そんな折、金田一耕助は、宿からボートを漕ぐ美女を目撃する。彼女の名は野々宮珠世。犬神佐兵衛の恩人の孫として、犬神家で育てられている身だった。しかし、ボートにはある仕掛けが施されており、沈没しかけてしまう。
あやういところで珠世を救出した金田一だったが、宿に帰ると、依頼人である若林が毒殺されていた。そして、遺言状開封のキーマン・佐清が帰還する。
しかしその顔面は、戦争でひどい傷を負っており、それを隠すために白いゴムマスクをかぶっているのだった。
異様な雰囲気の中、異様な遺言書が読み上げられる。
それが、犬神家の一族の、怪奇な連続殺人事件のはじまりだった——。
こんな人に読んでほしい!
・ロマンを味わいたい人
・愛の物語を読みたい人
『犬神家の一族』の舞台やモデル、映画の解説!
舞台となる「信州那須湖畔」は、長野県諏訪湖の一帯を指している?
本作で舞台となる「信州那須湖畔」は、長野県にある諏訪湖の一帯がモデルとされています。
現代の諏訪湖一帯
作中に登場する「上那須」という地名は、そのまま「上諏訪」のことを指しており、同じく「下那須」も「下諏訪」を指していると考えられます。
その他にも、「北アルプスが見える」という地理的特徴や、「天竜川」などの地名から、諏訪圏がモデルとされていることは間違いありません。
実際、作者の横溝正史は、肺結核の療養のため5年ほど上諏訪に住んでいた経験があります。加えて、この頃にいくつか諏訪を舞台にした作品を書いています。(『鬼火』など)
『鬼火』では、「諏訪」がそのものずばり舞台とされているのですが、『犬神家の一族』では、「那須」という架空の地名が与えられています。
ちなみに、本作では細かい地名まで実在のものとは異なるのですが、オマージュにも遊び心をもたせており
作中 | 実在 |
狭間新田 | 角間新田 |
豊畑 | 豊田 |
雪が峰 | 霧ヶ峰 |
などのもじりが徹底されています。
ところが、上記に反して「伊那」という実在の地名はそのまま出てくるのも面白いポイント。(実在の伊那は、諏訪よりすぐ南に下りていった盆地)
なぜ「伊那」だけ実名をそのまま使ったのかについては、「横溝正史は、『伊那』という言葉の響きが好きだったのではないか?」という説もあります。
実際、やはり信州を主な舞台にした『真珠郎』には「伊那子」というヒロインが登場します。その他にも時おり「伊那子」という名前の女性が出てくるので、横溝作品をこれからお読みのかたは、気にかけても面白いかもしれません。
製糸業で有名な街・諏訪にいた大富豪・片倉市助が犬神佐兵衛のモデル?
諏訪をモデルにしていそうなことは理解できましたが、いったいこの町は過去にどんな街だったのでしょうか。
ここで言う「諏訪」は、諏訪湖を取り囲む「上諏訪、下諏訪、岡谷」を主に指します。
これらの地域は、第二次大戦後しばらくまで製糸業の町でした。
具体的には、1872年に製糸工場が建てられたことで繁栄していきます。明治政府の富国強兵策により富岡製糸場が造られたのと同じ年に出来た工場であったことからも、国を挙げてのプロジェクトに位置付けられていたことは明らかです。
現代の富岡製糸場『画像提供 富岡市』
データでも見てみましょう。
大正期には、全世界における生糸市場の過半数が日本産で占められていたと言います。そして、その約四分の一が、なんと諏訪圏において作られたものでした。
この事実からも、当時の諏訪湖畔は地方都市としては例がないほど栄えていたことが分かります。
(そのあたりを詳しく書いた本として山本茂実『あゝ野麦峠』が有名です。ただし、この書は資料的価値を疑問視されているのも事実ですが…)
話を戻しまして、本作のキーマン・犬神佐兵衛も、製糸業で世界的な財をなした人物とされていました。そんな彼のモデルは、諏訪に数ある製糸工場の中でも売り上げを伸ばし、製糸業を中心に「片倉財閥」を築き上げた実業家・片倉市助ではないかと言われています。
諏訪にあった片倉組所有の川岸製糸場(出典:Wikipedia)
しかしながら、本作で描かれているのは血で血を洗う惨劇。そのまま実在の人物や土地を重ねるのは、問題があったのかもしれません。
それが「片倉市助」を「犬神佐兵衛」として、「諏訪」を「那須」として描いた理由のひとつではないでしょうか。
ともあれ、ここで確認しておきたいのは、諏訪が都市であったということ。そして、「那須湖畔」もまた、大地方都市でした。
市川崑監督による映画で描かれた「突き出た下半身」は超有名
本作は、映画からアニメまで様々な作品で監督を務めた市川崑によって三度映画化されています。
その中でも、第一作目(1956年公開、題名は『犬神家の謎 悪魔は踊る』)に見られる、湖面から裸の男の下半身が突き出ているシーンは強烈なインパクトを残しました。
出典:Amazon
『犬神家の一族』といえば、このシーンを思い浮かべる方も多いのではないでしょうか?
とはいえ、これはあくまで映画の演出。
原作では、「凍った湖面」に、「パジャマをはいた男」が上半身を突き差されています。
そうでなければ、フィクションとはいえ、人体があのような姿勢をとることはありえませんしね。
また、このシーンには作品を深く知るうえで重要な「意味」があるのですが、なぜか映像化の際にはいつもカットされています。
どんな「意味」かは読んでのお楽しみ、ということなのでしょうか?
※続きは次ページへ!
コメント