ロンググッドバイ(長いお別れ)の感想・書評(ネタバレ有)
ここからは、個人的に本作を読了したうえでの感想を書いていきたいと思います。
なお、記事の性質上この先はネタバレを多く含みますので、ご了承の上読み進めてください。
ひたすらにハードボイルドな世界観に酔いしれる
もうしつこいくらいに指摘してきたことではありますが、この作品の魅力は「ハードボイルド」。これがすべてと言っても過言ではありません。
私は個人的に「ハードボイルド」な生きざまが特に好みであり、自分には真似できない生き方を送るマーロウには羨望の眼差しを送っていました。
そもそも、サイトの記事を読んでいただいても分かるかもしれませんが、私は普段から多弁な性質です。
そのため、「有言実行」はあっても、「無言実行」に出ることはほとんどありません。
自分でもわかっているのですが、自慢話も自虐話もついつい話し過ぎてしまう悪癖があり、それを改善しようと試行錯誤したことも。
こうした悩みを抱えていると、言葉にするわけでもなければ感情的になるわけでもなく淡々と友情に報いていくマーロウのあり方が実に美しく思われます。
今どき「ハードボイルド」なんて古臭いと思われるかもしれませんが、男の憧れは根本的に変わらないのだと思いますね。
あ、もちろん女性が読んではいけないということではないのですが、単純に「女性の好きな男性像」とは多少異なる可能性が否めないので、その点はご承知おきください。
基準としては、ハンフリー・ボガートやケイリー・グラントといった「渋いオジサマ」に魅力を感じることができれば作品を楽しめるでしょう。
ケイリー・グラント(出典:Wikipedia)
「受動型」のストーリーラインは嫌いではない
小説の主人公がどのようにストーリーを展開していくかというと、大方二つに分類されます。
一つは主人公が主体的に物語に関わっていく「行動型」で、もう一つは主人公が事件に巻き込まれていく「受動型」の作品です。
この物語におけるマーロウの動きを分類するならば、紛れもなく後者に属するでしょう。
バーで知人になったレノックスの計画に巻き込まれ、余計な困難をどんどんと背負わされていきます。
こうした作風は「主体性が感じられない」とも表現できるため、人によっては相性が悪いかもしれません。
しかし、私は古典好きにしては珍しく?村上春樹が好きなことから察していただけるとよいのですが、物語に巻き込まれていく「やれやれ系」の展開は決して嫌いではありません。
実際、本作は村上春樹が『カラマーゾフの兄弟』『グレート・ギャツビー』と並んで最も影響を受けた作品と語っており、彼の作風に似通った点を多く発見することができます。
特に、主人公の巻き込まれ方や飲酒情景の描写などは明らかにチャンドラーの作品を彷彿とさせるものです。
もちろん、主人公の行動力などには天地の差がありますけど…。
結論として言えることは、マーロウがわけのわからないまま騒動に巻き込まれていくという受動型の展開は好き嫌いが分かれそうだ、ということです。
女性の描き方はあまり上手ではない
これは確か、『ロンググッドバイ』の巻末で訳者の村上春樹が指摘していたことだと思いますが、男性の魅力をありありと表現している作品なのに対し、犯人の美女アイリーンに関してはやや魅力を伝えきれていないと評していました。
私としてもこの部分については全くの同意見であり、アイリーンの魅力を「絶世の美女である」というような地の文における淡泊な説明で済ませてしまっていたのは気になっていました。
「犯人が絶世の美女」というのはある種のお決まりでもありますが、この部分についてももう少し丁寧な描写が欲しかったところです。
もっとも、私的に感じる「魅力的な女性の魅力的な描写」というものは、ある意味ハードボイルドと相反するような作風の作品に見えることが多いようにも感じます。
つまり、「繊細に物事を捉えている文体」に覚えることが多い感覚であり、そもそもハードボイルドという概念に定義される「簡潔でさっぱりとした文体」とは相性が悪いのでしょう。
実際、同じようにハードボイルドを志向するヘミングウェイの作品についても、男性はともかく作中に登場する女性を魅力的だと感じた記憶はないような気がします。
そもそも私が一番好きなヘミングウェイの作品は『老人と海』一択であり、『日はまた昇る』や『武器よさらば』があまり好みでないことから、相性の問題かもしれませんが…。
いずれにしても、女性的な魅力を感じられるかどうかは賛否が分かれるところだと思われます。
まとめ
ここまで、チャンドラーの傑作『ロンググッドバイ』について感想をまとめてみました。
文中での「ハードボイルド」推しに辟易してしまった方もいらっしゃるかもしれませんが、一読してみればその理由が分かっていただけるのではないかと思われます。
ミステリ小説としてトリックを期待すると肩透かしを食らうかもしれませんが、とにかく登場人物の振舞いに注目しながら読んでみてください。
ちなみに、訳書は翻訳家の清水俊二氏と村上春樹の二パターンが存在しますが、『グレート・ギャツビー』の項で書いたのと同様
・翻訳家らしい忠実な訳書が読みたければ清水訳
・村上春樹の文体が好きならば村上訳
という読み方でいいかもしれません。
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